またいつか絶対に会える日までの約束
百合の熱が下がったのも丁度その頃だった。
「プリーティア、白湯をお飲みください」
「ありがとうゼノン」
ベッドに横たわる美しい女の前に、誰もが心配げな顔をして落ち着きなく動き回っている。
宿の一人娘は、初めてお目にかかる麗しい存在に妙なやる気を見せ、頼まれもしないのに体に良い食事を用意したり、安眠できるように花を活けたり、夜になると暖かいお湯と柔らかいタオルを持って体を拭きに来てくれた。ちなみにこのタオル、彼女の私物であり王都からの土産物で、今まで一度も使ったことがなかった高級品だ。
体を拭く時でもゼノンが部屋から出ないのでひと悶着あったのだが、彼は頑として百合の傍を離れなかった。
「皆さまもどうかお休みなって。明日にはこの街を出発しましょう」
百合がそう言って微笑めば、ゼノン以外のプリースト達がホッとしたように笑った。
「プリーティア! お身体は本当にもうよろしいのですか?」
「どうかご無理はなさらず・・・しかし良かった。回復されたのですね」
「ああプリーティア、神々に祈りと感謝を捧げてまいります!」
騒がしい男たちが出ていくと、宿の一人娘が悲しげに立ち尽くしていた。
「プリーティア様は、帰るのですね」
アッシュブラウンの髪をおさげにした娘は、今年十三になったばかりだった。
田舎町ではプリーティアやプリーストが立ち寄ることも年に数回、数える程度しかない。その希少な存在の中でも特に美しいプリーティアが目を引かないわけがないのだ。
彼女にとって、目の前に横たわるか弱く美しい女は女神のような存在だった。
ただ挨拶をしただけで微笑んでくれる。花を生ければ嬉しそうに礼を言われた。身体を拭いてやれば傷一つない白い肌が眩しかった。そしてその行為を恥じらう様子もない相手に、なんだか誇らしい気持ちになった。
なかなかない経験をしていると、世間知らずの少女ですらわかった。
今しかこの人はこの宿に居ない。もうきっと会えない。そもそもプリーティアが神殿から出てくることも稀なのだ。
少女は俯いて自分のスカートをギュッと握った。
「ソアラ」
ハッとして顔を上げれば、そこには麗しい女が微笑んでいた。
いつも通りの優しい顔に、少女は無意識に手を伸ばして近づいた。あかぎれだらけの小さな手を、白く傷のない指先が優しく包み込む。少女は女に誘われるままに腰を下ろした。
「わたくしたちは、きっといつかまた出会えるわ」
「でも、プリーティア様は、ご自分の神殿に帰るんでしょう?」
「ソアラ。同じ世界に居る限り、何が起こっても不思議ではないわ」
そう言って、優しい指先がソアラのアッシュブラウンの髪を優しく撫でる。
「また、会えますか?」
「きっと会えるわ」
「あたしね、いつかきっと父さんのあとをつぐから、そうしたら、またいつか、いつか!」
「ええ、またこの宿に泊まりたいわ」
その言葉に安心したのか、ソアラがふにゃっと笑った。まるで猫が変な顔をして笑っているように見えて、後ろに控えていたゼノンは面白く思った。
「あたし、もっとお料理上手になります!」
「あなたの作った食事は今でもとてもおいしいもの。今以上なんて楽しみね」
えへへー、と嬉しそうに笑うと、ソアラはベッドから降りた。
「プリーティア様、約束ね。きっとまた、会いに来てね!」
「はい、約束です。ソアラ。おやすみなさい」
「おやすみなさい! ついでにあんたも」
先程までと打って変わって笑顔を浮かべると、元気よく部屋の扉を開けて出て行った。
「ついで・・・ですか」
「いたいけな少女を笑った罰よ、ゼノン」
「・・・笑っていません」
「あらあら」
ふふふと笑う百合を見て、ゼノンも優しい笑みを浮かべた。
翌朝出発する一団に、ソアラは早朝からたった一人で頑張って積んできた花束を贈り、宿からは昼食用にとバスケットを貰った。
またいつか絶対に会える日までの約束と、宿や街の人たちに感謝の気持ちとして百合は歌を歌った。
暖かな眼差しに見送られながら一行は、ようやく旅立ったのだった。
セスが一向に合流するわずか一日前のことである。




