話を聞きましょう
かくして、ほんの数分で神殿へたどり着いた騎士団は、呆然のその建物を見上げた。
森の中にあってなお、美しい白亜の神殿。人の手によるものではないそれは、ずいぶんと大きな建物だった。近付くまでその気配すらみせなかった神殿に、フラジールたちは知らず息を飲み込んだ。
「ゼノン、プリーストを呼んでくるわ」
「はっ」
ゼノンは本当の兵士のように返事をし、神殿の前で彼らの侵入を防ぐように立ちふさがった。
結界には特殊なしかけがしてあって、本当に救いを求めている人間のみ、目に映るようになっている。プリーストやプリーティアは例外だが、外からの侵入をとことん避ける様になっているのだ。たとえ誰かが案内しても目に映らないようになっているから、彼らが助けを求めていることは今をもって証明されたことになる。
「ゼノンと言ったか。一年ぶりだな」
フラジールは気さくに話しかけたが、ゼノンは口を開くことはない。
フラジールが知っているのは戦場にいたゼノンだ。もう昔の彼ではない。
「あの迷い人に仕えているのか?」
「・・・」
「美しい娘だな。迷い人に選ばれるのは容姿に恵まれたものが多いと聞くが本当だな」
ゼノンは気だるげにフラジールを見ているだけだ。
「ゼノン、俺の部下になってみる気はないか? お前の腕ならうちの騎士団でも十分通用する。むしろお前の戦い方に俺は興味があるんだ」
ついに、ゼノンはフラジールから顔をそむけた。聞くに堪えないようだ。
「まあゼノン、素敵なお誘いね」
「・・・ご冗談はおやめください」
ようやく彼が口を開いたのは女が戻ってきてからだった。
フラジールは苦笑し、女の後ろにいるプリーストを見た。黙礼すると、彼は優しい笑みを浮かべて頷いた。
「さあ、お入りなさい。話を聞きましょう」
フラジールたちはようやく、まともな人物に出会えたのだった。
西方騎士団が守護するヴィステンは、水と花と緑にあふれた美しい街だった。二年ほど前に大きな工場が出来、経済は更に潤った。工場では特殊な薬品を作るために一日中火を焚いていた。薬品にはヴィステンにしか生息しない花々が必要なようで、高くそびえたつ煙突からは一日中煙が舞う。
わずか二年で街の空気は悪くなったが、もともとたくさんの植物があるために、そう気になるほどでもなかったようだ。
謎の咳は数か月前から見られていた。特に小さな子供やお年寄り、体の弱い女性などが発症しやすく、どんな薬を試しても効果がなかった。
美しい女は西方騎士団の団長室でローブをかぶったままソファーに腰を下ろした。
後ろにはもちろんゼノンが付き添っている。こちらもローブをまとったままだが、周りを見渡すためにフードはかぶっていない。
「麗しのプリーティア、ようこそ我が西方騎士団へ。私は団長のオースティン・ザイルだ」
西方騎士団団長のオースティンは29歳。史上最年少で騎士団長に選ばれた優秀な男だった。家柄は貴族だが、痩せこけた土地しか持たない貧乏貴族だったため、死ぬ気で努力してのし上がってきた実力者だ。
見た目も一応貴族らしく品があり金の髪にエメラルドの瞳と見るものを魅了する。
しかしその声は、とても歓迎しているようには見えない冷たさをまとっている。
血のにじむ努力を重ねた今を手にしている男にとって、神殿の使わした女に何ができると言う感情が強かった。しかも女は挨拶もしなければフードを取ることもしない無礼な態度を取っている。