ようやく長い夜が終わる
ゼノンは一晩中部屋の外を見張っていた。
朝日が昇る頃、他のプリーストが起きた気配がした。彼等は今から神々に祈りをささげるのだろう。ゼノンも西の神殿に居た時は毎朝そうしていた。それが務めでもあるからだ。しかし神々に感謝することはなかった。
四半時にわたり続けられるそれは、とても静かなものだ。
ゼノンは立ち上がると硬くなった筋肉をほぐしていく。階下は昨晩と比べ、とても静かだ。百合の部屋のドアを開けて入ると、お茶の用意を始める。ポットを持ちお湯を貰いに行き、戻ると茶葉を荷物の中から取り出す。王都で頂いた高級なそれは百合のお気に入りだ。
「百合、おはようございます」
ベッドに近づき声をかけるが、百合が目を覚ますことはなかった。もともと朝が弱いのか素直に起きたためしがない彼女の扱いには慣れている。
しかし今朝は少しばかり様子が違った。
「百合?」
わずかに頬が上気している。額に手を置くと明らかに熱が高かった。
「百合、大丈夫ですか?」
何度も名前を呼ぶと、うっすらと目を開けた百合がゼノンを見上げた。
「・・・ん」
もともと体が強い方ではなかったが、やはり疲れが溜まっていたのだろう。どうやら熱をだしてしまったようだ。
「この街は小さいですが、医者ぐらいはいると思います。他のプリーストが薬をもっているかもしれませんから声をかけてきます」
そっと頭を撫でて言うと、百合がわずかに頷いた。
ゼノンは隣室に急ぎ、祈っていた他のプリーストに声をかけた。まさかこんな時に声をかけられると思っていなかった彼等はとても驚いたが、すぐに薬を出してくれた。
「そんなにも調子を崩していたのですね、気付ず申し訳ありません」
「いえ、プリーティアの看護は私にお任せください」
心配そうな顔で部屋の中をうろうろ回る彼等を放置して、ゼノンは急ぎ戻る。
白湯と薬を飲ませ、医者の手配をするために部屋を出た。宿の主人はすぐに対応してくれたが、朝が早かったためすぐには到着しないとのことだった。
それでも患者がプリーティアということで急いでくれた。
「如何ですか」
「どうやら疲れが出ているようですな。昨日まで港町に居たのでしょう? あちらも今は大変ですが・・・・もしや昨日の昼間からなにかありましたか?」
「それは、どういう?」
ゼノンが問えば、医者が困ったような顔で話し出した。
「港が燃えたのをご存じないのですか?」
被害は港の一部が燃えただけで済んだ。それは奇跡的だったが、そこには騎士団とマーレ号の活躍があったからだ。
マーレ号の船員たちは、元海軍の統率のとれた動きで、海の上では海賊たちの足止めをしてくれた。しかし逃げ出した数名が街に火を放った。放火した数名は騎士団が陸地で捕まえたが、アファナーシー・ニキータには逃げられた。
神殿長は現在騎士団に拘束されており、海賊と不当な取引をしていたことに対して調べを受けている。
「・・・あのね、フェルディ」
「なにかな、ガルテリオ」
一晩中戦い続けたマーレ号は今やいつ沈没船になってもおかしくない程疲弊していた。
アファナーシーは仲間数人を犠牲にして逃げた。倒れ行く仲間の背を踏んで道にして逃げたのだ。その様子はまるで化け物のように恐ろしく残酷だった。
昨晩と違い静かな海を見つめていたフェルディは眉を寄せ、厳しい顔をしていた。
「そんな顔じゃ、ユーリに会った時泣かせちゃうわよ」
「プリーティアだよ、ガルテリオ」
「・・・どうしても名前で呼ばないのね」
不満げな顔をするガルテリオに、フェルディはふっと笑う。
「呼べないよ」
「呼んだら女の子として見ちゃうから?」
「・・・どうかな」
フェルディは、あの美しい女の横顔を思い出した。
最後に見せたのは冷たい顔だった。けれどそれすらも美しかった。気高い人に思えた。
「聞いていないからかな」
「何を?」
「僕は、彼女から彼女の名前を教えてもらっていないから」
聞けば教えてくれたのだろう。しかし思うのだ。ユーリとは本当の名前だろうかと。あのゼノンという男は決して名前を呼ばなかった。本来のプリーストとプリーティアの姿と言われればそうだが、彼女はゼノンの名前を呼んでいたのだ。
セスも、似たようなことを言っていた。
だから最後まで聞かなかった。
「ガルテリオ、あのゼノンという男どう思う」
「良い声してたわ」
「・・・お前の後ろを取ったな」
「良い筋肉だったわ」
「・・・お前、それでいいの」
「でも意外と男臭くなかったわ」
「・・・そうなの」
「とっても清潔な匂いがしたの! ああいう男っていいわよね!」
今まさに血と汗にまみれたガルテリオがうっとりする。
「・・・団長とどっちがいい男なんだ?」
「実はちょっとぐらついてるの! 顔が見えなかったから断言はできないけど、次にあったら確信がもてる気がするわ」
意外と浮気性だなとため息をついた。
それからフェルディは顔を上げ、にっこり笑って振り向くと、疲れ切って座り込んでいるボロボロの部下達を見やった。
「全員体がずいぶんとなまっていたね。僕もだけど、鍛えなおす必要がありそうだ」
「・・・え?」
「船の修理が終わるまで徹底的に訓練しようか」
海賊には似合わない爽やかな笑顔で言い切った。




