セスだって混乱するんです。
ユリは花の名前だそうだ。気高い花。彼女にぴったりの花なのだろう。植物を扱う人間としてはどんな花なのか見てみたい。
ユリは、人前ではユーリと名乗っている。
セスはそっと瞳を閉じた。どうかユリが無事に帰りつきますようにと祈って。
その時、複数の足音が聞こえた。慌てて物陰に隠れる。こういう時小柄な体が実に便利だ。少し複雑な気持ちになりながら出入口を見つめる。
重い扉が荒々しく開けられた。錆びれた金具が嫌な音を立てる。
「何てことだ! 予定よりも早いじゃないか!」
「し、しかし神殿長。せっかく物を運んできてくれたのですから」
「だいたい港に火を放つなんて聞いていないぞ! どうしてくれる、ええい、はやくその荷物をここへ隠せ!」
野太い声が怒鳴りつける。
数人の男達が慌てた様子で大きな箱をいくつも部屋に運び入れた。後後のことなど考えてもいないのだろう、適当に積まれたそれが時折崩れかけては男達の怒声が響く。
「・・・っ」
それまで埃と金属の匂い、羊皮紙の匂いしかしなかったそこに、火薬の臭いが追加された。
「確認などいつでもいい! やはくここを閉めろ!」
「は、はい、神殿長・・・」
仕事を終えたのか、男達は来た時と同様に急いでどこかへ消えて行った。御丁寧に出入口を封鎖して。
完全に気配が消えた事を確認してから、セスはそっと体を起こした。
入口は大きな荷物で塞がれており中から開けるのは難しいようだ。火薬の臭いに顔をしかめながら中を確認すると、黒い砂がさらさらと存在感を見せた。
ごくりと唾を飲み込んだセスは、これからどうすべきか考えなければならない。
そもそもこんな時間に、こんな場所に居るのはアンドレアに頼まれたからだ。騎士団の人間は顔が割れているから神殿に忍び込むことが出来ない。この機に乗じて必ず神殿はおかしな動きをするから見張って欲しいと。
とても危険な任務だと思ったが、海賊と対峙するよりはと考え頷いた。
そして今、目の前には大量の火薬。
出口のない場所でどうすればいいのかわからない。こんな時彼女ならどうするだろう。きっとゼノンが騎士らしく登場し、彼女だけを助けて逃げるに違いない。あの男ならどさくさに紛れて火をつけていきそうな気がする。
・・・いや、流石にプリーストが神殿を放火まではしないだろうか。
「あ」
そうか、放火すればいいのか。いや待て、この場所でそんな事をしたら死ぬ。間違いなく天に召される。悶々と考えていると別の足音が近づいて来た。もう一度物陰に隠れる。
「・・・」
相手は恐る恐る扉を開けた様だった。
「やはり、こんなものを」
聞き覚えのない年老いた声だった。
少し短めでした。
次回は長いかも・・・!




