ゼノンにとってセスは結構お気に入りだったりする
「・・・仕方がありません。あなたに何かあれば西の神殿が反乱を起こしかねません」
「いくらなんでもそれはないわ」
「いいえ、冗談は言いません。それよりも本当に体は大丈夫ですか。最近無理をしていたように思います」
ゼノンがそっと彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫よ、ゼノン。ありがとう」
確かに最近はよく外に出ていた。毎日山でのびのびと暮らしていた頃が夢のようだ。
「・・・ねえゼノン、セスは大丈夫かしら。あの子、放っておいたら食事も入浴も休息もないのよ」
「セスは優秀過ぎますから・・・しかし、ここ数日見ていて思いましたが、彼は大丈夫です。あなたに投げ飛ばされたことも、無理やり入浴されたことも良い思い出なのでしょう。自分から衛生的な生活を送っているようです」
「・・・わたくしが直接したわけじゃないわ」
ふっと、ゼノンが優しく笑う。百合の前以外では見せないそれに、百合の表情も柔らかくなる。
「セスは植物の専門家ですが、海賊に関しては素人です。心配なのはそこですね」
「騎士団が守ってくれるといいけれど」
ふと、ゼノンは気になって顔を上げた。
「百合はずいぶんとセスを信頼しているのですね」
「あら。それはあなたもでしょう?」
ゼノンは初めてセスと会った時を思い出していた。薄汚い、小さな少年だと思っていたが、予想に反してその行動力と頭の良さには驚いたものだ。
「あなたの願いを期日内に叶えた。しかもほとんどの患者を守ってです。彼は将来有望ですね」
「そうね。まさか本当にやるとは思わなかったわ」
「セスはあなたを信頼している。だからこそ一人で街に残ったのです」
「・・・セスは幼くないわ。彼が決めたのならば仕方がない」
「そうですね」
もうお休みください。と言われてまた横になった。そう疲れていないと思っていたが、体は正直に睡眠を求めていたようだ。百合は瞬く間に眠ってしまった。
静かな寝息を確認して、ゼノンは部屋をそっと出た。ドアの前に腰かけいつでも抜刀できるよう警戒する。
明りのない、薄暗い廊下の端にある階段の下からは、他の旅人達の楽しげな声が響いていた。
わずかに差し込む月明かりに顔を上げる。天窓からはたくさんの星が見えたが、西の神殿に比べると空が遠い気がした。
「セス、無事を祈ります」
正直で真面目な少年の無事を祈るために、ゼノンはしばらく瞳を閉じていた。
「・・・海賊は、やはりああいう感じを言うんだよな」
セスは騎士団から出て、神殿内に隠れていた。
港町には火がつけれら、夜中だと言うのに驚くほど赤い街に、けれど神殿の中だけは異様なほどの静けさを保っている。
神殿は攻撃されない限り反撃することは出来ない。しかし大量の武器を持っていながら、誰もが警戒していない状況はあまりにも不自然だ。神殿は本来、災害があった場合街の人間の避難場所にもなっているが、誰一人避難してくる人間がいないどころか、神殿の周りにすら人の気配がない。
音がないからこそわかってしまう。海の方向から聞こえる怒号、叫び、大砲や鉄砲の音。
昼間とは違う顔を見せる街を、彼は少しだけ怖いと思った。
セスは武器庫の中でぼんやり天井を見上げた。小さな天窓からわずかな月明かりがもれる。
プリーティアは今頃どこに居るのだろうか。無事に旅を続けてくれると嬉しい。急いで王都に戻り、安全な場所に居てほしい。そう思うと同時に、どこかの街で待っていてくれないだろうかという期待もある。
一見美しく麗しく完璧な聖女。しかし中身は普通の女だ。少しちやほやされるのが好きで、人に弱みを握られるのが嫌い。警戒心が強くて、彼女の笑顔は盾のような存在だ。目に見えるものが全てではないと体現しているかのような女。
本当の名前はユリ。ゼノンが以前そう呼んでいた。
西の街で治療にあたっていた時、強制的に休まされたことが何度かあった。
体は睡眠を要求していたが、気がせいていたセスは上手に眠ることすらできなかったため、時折ゼノンがセスを荷物のように担ぎベッドへ運んだ。微睡む意識の中彼女が現れた。
そっとセスの頭を撫でて歌を歌ってくれた。
親にすらそんなことをされたことがなかったセスは、少々気恥ずかしくも思ったが嬉しかった。彼女の声には不思議な力が宿っており、その声を聞いて眠ると朝には疲れが取れているのだ。
そしてその時、ゼノンが彼女の名を呼んだ。セスが完全に眠ったと思ったのだろう。
淡々としていたが、彼女を呼ぶゼノンの声はいつもより優しかった。




