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麗しのプリーティア  作者: aー
第一章
42/203

ここ数日の間何度も考えたこと



 百合は王都の神殿からの来た馬車にゼノンと二人で乗り込んだ。南の神殿には置手紙をしてあるし、すでにイーズの件は上層部に知れ渡っているため誰も彼女をとがめることは出来ない。

「あっさり行っちゃうのね」

 ガルテリオは見えなくなった馬車をいつまでも見つめていた。

「仕方がないさ。プリーティアにはなんだか理由がありそうだったし。それに、明日にはあの男がこの街に乗り込んでくる」

 これで良かった。と安心した様な顔で言う男が、ガルテリオは少しだけ癪に触った。

 異国民でありながら、母方の祖父の影響で物心つく前から神殿の信者だったフェルディにとって、プリーティアは尊敬する相手だ。それ以上でもなく、それ以下になることもない。

けれどほんの少しだけ、本人ですら気付かないわずかな感情は、間違いなくあの麗しい女に向いていた。

 退役してしばらく経つが、フェルディが心からの笑みを浮かべて隣に女を並べることは今までなかった。

 海賊だから女を抱くこともあるが、それは一時の火遊びのようにとても短い時間だ。まるで仕方なく処理している感がありガルテリオは心配していた。

 フェルディにとって女は庇護する存在で、しかし男の性もあって葛藤する感情があるのだろう。だから彼は商売女しか相手にしない。下手に素人に手を出すことを善しとしない。だが、プリーティアと居た時の彼は自然だった。

 彼女を見つめている時のフェルディは、とても優しくて静かな瞳だったのだ。

「そうね、アファナーシー・ニキータを今度こそ捕まえて、罪を償わせるのよ! その後、時間をたっぷりかけてユーリとゼノンとセスとアンドレアを捕獲しましょう!」

「え、なんで」

「欲しいからよ!」

 フェルディ・イグナーツは温い笑みを浮かべて頷きつつ考えた。こいつ、船に戻ったら一から鍛えなおそうと。

 やる気と自信に満ち溢れたピンクの髪の部下を船に戻し、神殿に足を向けたフェルディをセスが呼び止めた。どうやらガルテリオが帰る姿を確認したうえで話しかけたようで、騎士団で見たよりは安心した顔色だった。

「マーレ号船長」

「・・・セス、でしたね。先日に続いて会うのは今日で二度目だ」

「ああ、挨拶を怠ったこと謝罪する」

 あまり身長が高い方でもないフェルディよりも頭一つ分小さいセスを見下ろした。わずかに衣服が乱れているのは間違いなくガルテリオのせいだ。

「構いません。僕の事はフェルディと呼んでください。こちらも勝手にセスと呼びますから」

「わかった」

 素直に頷く少年にフェルディは好感を持った。最近やたら濃い性格の人間ばかり見てきたためか、こういう反応が純粋に嬉しい。

「フェルディはプリーティア・・・ユーリが好きなのか?」

「僕は神殿の信者なのです。一人の信者として、プリーティアもプリーストも尊敬しています」

「なら、海賊らしく浚ったりはしないか?」

「できませんよ」

 本当に? と瞳で問う少年に、フェルディは思わず苦笑した。

「はい、約束します」

 セスは一つ頷いて、それから徐に羊皮紙を取り出した。

「今から神殿に行くんだろう」

「はい、それは?」

「神殿の武器入手に関する資料だ。目を通しておけ」

 フェルディは驚いて目を見開いた。

「なぜ僕に?」

「あんたは、あのピンクのおっさんよりは信用できそうだ。それに、ユーリがあんたを認めていたから」

「セスは彼女たちといつからの付き合いなんですか?」

 セスはそれには答えず、羊皮紙を押し付けて一歩下がった。

「この街の至る所に繁殖している、あの植物を植えるように指示したのは多分、あんたが探してる男だ。そいつの狙いを教えてくれたら俺も先程の質問に答える」

 アファナーシー・ニキータの狙い。それはこの街をアファナーシーにとって便利で使い心地の良い街にすること。また、神殿から不正に入手した宝物を換金し、ある場所を手中に収めることが目的だ。

 フェルディは少しだけ迷い、そして口を開いた。

「アファナーシー・ニキータは僕の祖国を買い取ろうとしているんです」

「国を買い取る? そんなことできない」

「いいえ、奴ならやります。アファナーシーに不可能はない」

 いつか見た浅黒い肌と赤い瞳。強欲で暴力的な男。その配下もろくな人間たちではない。彼等が通った後は、火薬と血の匂いと、そして絶望だけが残っている。

「そんな事をしてなんになる」

「わかりません。しかし、国の重鎮の何名かはすでに買収されていて、表面上見え難くとも奴の計画は確実に進んでいる」

 何故フェルディたちの国を狙うのかは謎だが、アファナーシーは数年前からそのような動きを見せていた。軍上層部にもアファナーシーの手が回っており、フェルディは国を捨てるしかなかった。

 だが愛国心までは無くしていない。決してあの男の好きにはさせない。

「プリーティアは、とても美しい方でしたね。優しくて、可愛らしくて。けれど芯が強い。先程もあんな顔でガルテリオを止めると思いませんでした」

 突然話が変わって、セスは数度瞬きした。

「ユーリは案外切れやすいぞ。そして口も悪い」

「はは」

「・・・ユーリと呼ばれているが本名ではないだろう。もともと警戒心が強く、名前を知られることを好まないようだ」

「迷い人ですか・・・さぞ悲しい思いをしたのでしょうね」

 家を、家族を、生活を、世界の全てを失って、誰も己を知らない世界で突然生きろと言われて、果たして冷静でいられるのだろうか。

 フェルディはここ数日の間何度も考えたことに、頭を振った。

 己ならば耐えられない。きっと相手がどんな存在であろうとも恨まずにはいられないだろう。

 そう、姉を奪って殺したアファナーシー・ニキータを恨まずにいられないように。彼女のように相手が神であったとしても許せるはずがないのだ。

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