誰かセスを助けてあげて!
「どうして海賊が当たり前のように騎士団に来るのです」
エドアルドが腕を組んで四人を睨み付けた。
「お茶が温いわ。ゼノン、新しいのを淹れて頂戴」
裸エプロン少年が淹れたお茶があまり美味しくなかったのでゼノンに言えば、彼は黙って淹れなおしてくれた。
騎士団長の部屋で遠慮なく行動する客人に、アンドレアは深い溜息を隠さなかった。
「そういえばゼノン、なんでそんな暑苦しい恰好してんだ?」
「身の危険を回避するためです」
主にガルテリオと騎士団の男達からだ。
「・・・いや、なんか、すまん」
「いえ」
「ここは神殿ではないのであまり勝手な振る舞いはおやめください」
エドアルドが冷ややかに言えば、ゼノンはふっと鼻で笑った。
「失礼。あまりにも酷い味でしたので、我らがプリーティアには飲ませることができませんで」
「ならさっさと自分たちの神殿に帰ればよろしい」
「それが出来ないから迷惑しているんです。だいたい、私はこのように暑苦しい場所は苦手ですし」
エドアルドの眉間のしわが深々と刻まれたのを見て、百合は思わず笑った。
「二人はとても仲がよろしいのね。ゼノンがそんなに生き生きとしているのを見たのは久々だわ」
「心外です。私はこのような変態集団・・・いえ失礼。変質者集団の中に居るのも心苦しいのですよ」
言い直す必要がどこにあったのか理解に苦しみながら、それでもアンドレアは我慢した。ここ数日の間早朝にやってきては獣のような俊敏さで帰って行くゼノンに多少の同情があったからだ。
「でもゼノンが元気になってよかったわ」
おっとり微笑む彼女に、ゼノンもそれ以上何も言えなくなる。
無言でお茶を差し出せば、優しい笑みでありがとうと言われた。常に感謝の言葉を忘れない彼女だからこそ、ゼノンは付き従うのだ。
「邪魔をする」
「あらセス、遅かったわね」
セスはぼさぼさの頭を撫でつけることもせず百合の前に来た。
「植物を意図的に繁殖させていた人物がわかった。もう少しこの街に残るから、二人は先に王都に向かってくれ。これは錬金術師長へ渡してほしい」
その言葉に反応したのは、アンドレアとエドアルドだ。
「やはり意図的だったのか」
「して、犯人は?」
「それについては後で詳しく説明する。必ず追いつく。だから、先に行ってほしい」
真剣な顔で百合を見つめる美少年に、突然巨漢が襲い掛かる。
「なんって可愛いの! こんな子を隠していたなんてズルいわ!!」
セスが目を大きく見開いて固まった。その間にガルテリオが腕や腹や腰を無遠慮に触って行く。
「少し肉付きが悪いわね、ああ顔色も良くないわ。あまり寝ていないのかしら。あなた、ちゃんとご飯は食べているの? かわいそうに、あまりきちんと食べていないのね。だからこんなに小さいんだわ」
百合がじっとガルテリオを見上げる。セスは混乱する前に思考そのものが停止したようで、抵抗することもなく、しかし受け入れるでもなく石になった。
「ねえ、ガルテリオ。あなた、彼が好きなのではなくて?」
「ええ、もちろんアンドレアの事は愛しているわ! でも全然なびいてくれないから、押してダメなら引いてみろ作戦よ!」
堂々とした態度が逆に潔い気がしたが、フェルディはそんな部下を許さなかった。
「ガルテリオ、その少年はプリーティアの大事な友人だ。手を出すな。大体、お前の本命が目の前に居るんだから力ずくで奪い取ればいいだろう。僕たちは一応海賊だぞ」
おい、とアンドレアとエドアルドの声が重なった。
「浮気大いに結構。セスは初心だから慎重にな。俺には愛する妻と子どもがいるから残念だがお前の気持ちには応えられない。というわけで、お幸せに!」
アンドレアがとても爽やかに笑って手を振った。
「海賊と研究者の少年ですか、良いじゃないですか。で、終わったならさっさと出て行ってください」
エドアルドがまるで道端に落ちている粗大ごみを見るような目で見たが、そんな対応に慣れているガルテリオは気にしない。
「アンドレア、あたしは二番目の女で良いの。でもこの子も欲しいの。ついでにユーリも欲しいの! フェルディの嫁として!」
「はあ?」
ゼノンの低い声で、部屋の温度が急速に下がる。
フェルディはむしろ、まだ諦めていなかったのかと感心して、ガルテリオに捕まっているセスに心配げな顔を向けた。彼の思考は戻らない。ここまで来るとちゃんと呼吸できているのかすら怪しい。
「嘘だわ」
そんな時、とても静かで優しい声が落ちた。
「うそじゃないわ!」
ガルテリオは反射的に言い返すが、百合の宝石のような黒い瞳に見つめられ言葉を失った。
「二番目なんていうのは、本気じゃない証拠だわ」
「そ、そんなことないわ! あたしは、体はこんなに大きな男だし、海賊だし、アンドレアには奥さんたちが王都にいるし。海の男のくせに山の幸が好きな彼の好物を作ってあげられないし!」
なんでそこまで知っているんだというアンドレアの呟きが聞こえたが誰もが無視した。
「そこで諦めているあなたは、本気じゃないのよ」
「だって彼、奇襲をかけても強すぎて強奪できなかったのよ! マーレ号にさえ連れて行ければあんなことやこんなことを好きなだけ出来るのに!」
「俺しばらく王都に帰ってもいいか? とりあえずコイツ怖い」
「阿呆ですか。ダメに決まっているでしょう。海賊など蹴散らせばいいんです」
ここに来てようやくセスが気付いた。
「な、なんだお前は!?」
「あらん、子猫ちゃん。気付いたのね、ああっ本当に可愛いわ!」
「だめよ、ガルテリオ。セスはまだお役目があるの」
「お、おい、なんなんだこいつは、というか痛いぞ、離せ!」
「嫌がる姿も可愛いっ」
百合はゼノンに目を向けた。普段なら自分に被害がこなければいいと言う目で物事を判断する彼だが、セスのことは認めているのか少しだけ案じたような顔をしている。
「ゼノン。セスを救出してくれる?」
「はっ」
筋肉質な腕がガルテリオの首に回り、そのまま力の限り締め上げた。
「ぐえっ」
ここが一応敵地であることを忘れていたガルテリオは、一瞬意識を失いかけセスを抱きしめる力が緩んだ。その隙にゼノンが小柄な少年を保護し百合の隣に座らせた。
生まれたての小鹿のように体を震わせて現実逃避しているセスを横目に、百合は感心した様な顔でガルテリオを見上げた。
「今ので落ちない人間もいるのね」
「あの、プリーティア、こういう事態ですから何とも言い難いのですが、あまり部下に手荒な真似はしないで頂きたい」
フェルディが疲れた様に言えば、ゼノンが忌々しげに「こいつは化け物ですね」と呟いた。
「素敵よガルテリオ。流石海賊ね」
「あ・・・ありがとう・・でもユーリ、あたしは諦めないわ」
黄金色の瞳が百合を見据えた。
「あんたを神殿から解放して、フェルディのお嫁さんにするの。そっちのゼノンとセスはあたしの旦那と彼にしてあげるし、アンドレアのことは今まで通り陰ながら見守るわ!」
俺への愛は今すぐ捨てていいぞというアンドレの言葉は、もちろん無視される。そして、
「ガルテリオ」
百合が、ガルテリオに初めて見せる冷たい顔で彼の名を呼んだ。




