そっとその中身を窓から捨てた。
その夜の事だった。
半裸集団の馬車で神殿に戻った百合の前に、赤毛のイーズが待っていた。ただでさえ酷い癖毛が、走ったせいか更に酷くなっている。
まるでライオンの鬣のようだと思いながら、百合はおっとり微笑んで優しく髪を撫でつける。
「お、おかえりなさいませ!」
「ただいま戻りました、イーズ」
それは聖女の微笑みだった。
最初は恐ろしいと思っていたが、いい加減見慣れた美しい女の優しい微笑みに、半裸集団も思わず見とれてしまう。
「今日はエドアルド様じゃないんですね」
「お忙しいようです。代わりに皆様が送ってくださったのよ」
「ユーリ様が御無事ならそれで・・・みなさん、ありがとうございました!」
何故かイーズが深々と頭を下げた。
「おう、いいってことよ」
「じゃーな、イーズ嬢ちゃん」
「姫さんもよく休めよ」
「姫さん、おやすみなさい!」
半裸集団が嬉しそうに大腕振って帰って行った。
「ユーリ様、宜しいでしょうか」
半裸集団を見送ったイーズは、硬い表情で百合を見た。
相変わらず優しい微笑みが返ってくるだけで余計な言葉はなかった。イーズは初めユーリという女は美しい聖女だと思っていた。見本にしたいプリーティアで、常に優しく麗しい。その微笑みを見るだけで幸せな気持ちになる。声を聞いているだけで安心する。海のような人だと思った。
偉いプリーストが迷い人だと言っていた。神々は美しい迷い人が好きだ。だからきっと彼女が選ばれた。そして彼女も神々を選んだ。
そして今、イーズにとってユーリという存在はもはや神だ。もともと女神に仕えるためにできた神殿なのだから、女神が返ってきただけなのだ。
だから、この日届いた書状はどうしても納得できないものだった。
「まあイーズ、どうしたの?」
「王都の神殿長から書状が届いております」
イーズは羊皮紙を手渡した。悲しげに、苦しげに唇を噛んでいる。
神殿長の書状は、いかなる理由があろうとも本人以外が開封することは許されない。それを勝手に開封して読んでしまったのだろう。
「・・・ごめんなさい。ユーリ様」
「イーズ」
百合はそっとイーズを抱きしめた。
「暖かい飲み物を下さる?」
「・・・はい、ユーリ様」
百合はそっと彼女を離した。頬を赤らめて走って行く彼女の後姿をジッと見つめ、それから表情を消して歩き出した。
たどり着いた先は自室。中にはゼノンが居た。
「お帰りなさいませ」
「今日はイーズが迎えに来てくれたわ」
そう言いながら羊皮紙をゼノンに手渡す。ゼノンは一つ頷いてそれを開封した。段々と目を見開いて、困ったような、しかしホッとした様な顔をした。
「呼び戻されたのかしら」
ソファーに腰かけ足を組んだ。
「はい。三日後には迎えの馬車が到着するよです。我々はそれに乗ってもう一度王都へ向かいます」
「わたくし、西に帰りたいわ」
「・・・馬車を強奪しますか」
半分は本気だった。しかし百合はゆるく笑うだけだった。
その時、部屋の前に人の気配がした。
「イーズね、お茶を持って来てくださったのよ」
書状を枕元に置いたゼノンが無言で扉を開ける。両手がふさがりどうやってノックしようかと考えていたイーズは驚いてたたらを踏む。
「わっ、どう、どうしてここに!?」
「ありがとうイーズ。おいしく頂くわ」
優しい笑顔に、イーズはホッとしつつもゼノンを睨むように見つめた。
「どうして、プリーストがここに居るんですか」
「・・・王都の神殿長の指示で、こちらのプリーティアをお守りするよう仰せつかっています」
何か文句でもあるのかという目で睨み付ければ、毛を逆立てた猫のように睨み返した。いかんせん怖くはない。
「ゼノン、今日はもういいわ」
「はっ、ではお休みなさいませ」
「お、おやすみなさい」
二人の雰囲気が面倒になった百合は笑顔で追い出した。
残されたのは湯気の立つ紅茶だ。プリーティアの制服を脱いで寝間着を身に着ける。少し冷めた紅茶を口にすると、ハッと目を見開いた。
しばらくティーカップを見つめると、そっとその中身を窓から捨てた。




