神様は基本、適当なんです。
それは数十分前の事だ。
「今も、とても悲しいわ」
そう言った女を、フェルディが見つめる。
「どうして、そんなあなたが神殿に居るのですか」
彼女は寂しげに笑った。そして口を開いた。
「だって許せないの」
「え?」
「この世界に来て色々あって、わたくしは神殿に保護された。そこで神々と会話を許されたわ」
その言葉には全員が驚いた。
「神様ってほんとにいるのか!」
アンドレアが叫ぶように問えば、エドアルドが淡々と続ける。
「どうやって会話を?」
「普通にいたの、神殿の中に。毎日いるわけではないわ。時々ふらっとやって来ては食べ物や酒を寄越せと言うの」
にっこり笑うと、セスが首を傾げる。
「それは供物か?」
「神々は本来食事をする必要はないわ。彼らは無駄に長生きしている変な生命体と思ってちょうだい」
それは随分と不敬な物言いである。
「・・・それで、どうして許せないんだ?」
「あらだって、わたくしをこの世界に呼び寄せた相手だから、どうしてと聞いたの。そうしたら“いやなんか間違ったらしい”って」
いやなんか間違った。
そんな一言で片づけられてたまるか。しかもらしいってなんだ。
百合はそのセリフに怒りが限界を超えた。
「聞けば迷い人って数年に一度のペースでこの世界に落とされるらしいの。大した理由もないから神々も保護しないのですって。しかも運が悪ければ人買いに売られたり盗賊に殺されたりするのが後を絶たないの」
迷い人の知識はとても強大な武器になり得るが、それ以上に見た目が少々違うので人買いに目をつけられやすい。高額で取引されることも珍しくないようだ。
「その上神殿はそのことを知っていながら何もしないの。だから、少しずつでいいから神殿の在り方を変えたいの」
「どうやって?」
「わからないわ」
最初はそんな思いだった。しかし時間が経つごとに神殿での暮らしがとても気に入り、今では居心地が良いとさえ思っている。
山中にある白亜の神殿は、百合にとって今や帰る場所だ。早く帰ってちやほや構われたい。そのためにはさっさと南のエメランティス神殿の実態を把握しなければならない。
フェルディが心配してくれるのは正直気分が良い。ズューデンに来てからというもの、百合が望むような対応を取る人間は少ない。少なすぎて不満だ。そんな中で出逢ったのが海賊というのもあれだが、悪い気はしない。
「でも今、この街の神殿を放り出すことは出来ないわ。わたくしは、見極めなければならないの」
真剣な眼差しには、どこか逆らえない光があった。
「フェルディ。もういっそ、その人ここに連れ込んで別の街に逃げましょうよ」
「人の話を聞いてくれ」
話しを聞き終えた人間の台詞だろうか。フェルディはムッとしてガルテリオを見やった。
「だってその人、昼間フェルディが手を繋いで歩いていた美女でしょ?」
「プリーティアだ」
「面倒だからフェルディの嫁にしちゃえば?」
「どうしてそうなる!?」
フェルディは口を開けたまま固まった。ガルテリオの思考が全く理解できないのだ。
「だって美人でしょ?」
「いや、見た目とか問題じゃないだろう。大体、プリーティアは結婚できない」
「還俗させれば問題なくない?」
問題大ありである。一度神殿に入ったものはよほどの理由がない限り還俗は出来ず、また還俗には各地の神殿長の許可を貰う必要があり、時間も金もかかる。とても現実的ではない。
「いやいや、どうしたガルテリオ。なんで急に嫁?」
「だってフェルディ楽しそうだったじゃないの。彼女といるとき」
「そりゃあ、目の前に普段関われない神殿のプリーティアがいるんだから楽しいだろう」
ガルテリオが冷めた目を向けた。
「あんた、南のエメランティス神殿のプリーティア相手でもそう言えるの」
その言葉には答えられなかった。




