ようやくゼノンがそっと微笑んだ。
「プリーティアはああいう男が好みなのか?」
数十分後。セスは書類をまとめながら先程の様子を思い出していた。
「ねえセス。わたくし、この街はおかしいと思うの」
「何が?」
一睡もしていない体はそろそろ眠りを欲している。何度もあくびをかみ殺した。
「だってわたくしをちやほやしないなんて、絶対変よ!」
「あんたの頭が変なんだろう。今の言葉をヴェステンの連中が聞いたら泣くぞ」
「それにあの副官。あんなまともそうな人間が存在するはずがないわ」
酷い暴言である。
「どこにでも変り種はいるだろう」
書類を整理していると、ついに限界を迎えそうだった。続きは明日にして今日はもう休もう。セスはベッド代わりのソファーに座った。様子を察知した百合がそっと腰を上げて別の小さな椅子に移ると、ゆっくり体が傾いた。
「セス?」
「少し・・・寝る・・・」
己できちんと睡眠をとれるようになったのなら安心だ。ヴェステンで起こった病の時は睡眠すら拒んだことを思い出せば、この姿は嬉しいものだ。
「なら、頑張っているあなたに子守唄をあげるわ」
「・・・それは、御利益がありそうだな」
セスの瞼は重く、もうあかない。半分夢心地に入っている彼のために、百合は歌を歌った。
ゼノンは大変機嫌が悪かった。
南方騎士団の人間と百合が二人で帰ってきたことが原因だった。
しかも昨日は居なかったまともそうな男だ。きちんと服を身につけていることが逆に怪しく感じた。
「セスは」
短く言えば、百合が優しく微笑んだ。
「疲れて眠ってしまったの。今日も草にやられて患者が出てしまったから、その対応に追われて・・・でもあの子は大丈夫よ。明日には元気になるわ」
「怪しい植物の件は全面的にセスに任せるべきでは?」
「あの子のサポートをする人間がいるわ。残念ながら南方騎士団の人ではそれはできないみたいなの」
なぜなら今日の患者は、その南方騎士団の団員だ。
「・・・そちらは」
セスは百合を送り届けた男を見やった。
隙のない動作に、僅かも感情を見せない瞳。百合を抱いて馬でやってきたのも無礼な気がした。
「南方騎士団副団長、エドアルド・ジャコモだ」
淡々とした口調で言うエドアルドに、ゼノンは眉をひそめた。
「西のエメランティス神殿からきたゼノンだ」
本能的に、エドアルドが気に入らないと思った。理由は深く考えないようにした。
「ではプリーティア殿」
「ええ、ありがとう」
しかし、エドアルドはそんなゼノンの様子など興味がないという態度で百合に声をかけた。彼女を馬から降ろすのはゼノンが手伝った。
エドアルドは百合が降りたのを見届けると、挨拶もせずそのまま騎士団に帰ってしまった。
「・・・ねえゼノン。あの男、妙だと思わない?」
「発音が少々東訛りでした」
百合には訛りはよくわからないが、彼がそう言うのならそうだろう。
「騎士団に入るのは基本的にそこで生まれ育った人間が多いのではないの?」
「基本的にはその場合が多いと思われます」
西と南が違うように、南と東も様子が違う。わざわざ南に来るようなタイプには見えなかった。
「それに彼、きちんと服を着ているわ」
「・・・そうですね」
そこ? と思ったが、百合に心酔しているゼノンは同意するだけだった。
「ところでプリーティア、本日の報告を」
「喉が渇いたわ。お茶を淹れてくれる? お部屋で話しましょう」
「すぐにお持ちいたします」
ようやくゼノンがそっと微笑んだ。
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