見た目はまとも。
「ゼノンは凄いな」
「あら。どうして?」
「あの男に恥じらいはないのか」
「そんなこと・・・知らないわよ」
騎士団に戻った二人は状況説明をアンドレアにした。アンドレアは今後調査に向かう騎士にはきちんと服を着せることを約束してくれた。
ズボンとエプロンだけの少年がセスと百合の前にお茶を置いて下がる。
応接間をそのまま自室として借りたセスには、こうして給仕係が配置された。
少年はちらちら二人を見ては、恥ずかしげな様子で俯く。
百合は質の良いソファーに寝そべって片腕をセスに伸ばしている。セスはその手を取って慎重な様子で爪を整えていた。
先程崖で言われた罰は、彼女の手足の爪を整えることだった。
やすりはセスの仕事道具の中にあったので問題はないが、いかんせん女の爪を整えるという仕事をしたことがないセスは、どこまでやれば良いのかわからず困った。
「いつもあの男がしているんだろう? フラジールに聞いたぞ」
「器用なのよ、何でもこなすの。凄いわよね」
「元は剣を持って戦っていた男相手に、凄いの一言で済ませるのは可哀想だ」
「あらそうかしら。でも彼、頼むと嬉しそうよ」
それもどうなんだろうか。セスはやすりで彼女を傷付けないようにしながら考えた。
ゼノンという男は一見近寄り難く怖そうな印象を受けるが、この女には忠誠を誓っているような気がする。神殿に仕えているというよりは、神殿に居るこの女の傍に居たいからプリーストになったのではないだろうか。
それはとても不毛だ。
プリーティアは神々の妻。それを愛することは許されない。
二人の距離は近すぎる様に見えて実は誰よりも遠い存在だった。
「ねえセス」
「なんだ」
手が終わったら今度は足だ。ゆっくりとストッキングを脱いだ女に、セスは光の速さで首を横にまわす。鈍い音がしたし痛いけど今はそれどころではない。
なんて背徳的だ。セスはまだ若い男だし、神殿の決まりなんて知ったことではない。プリーティアは少し、いやかなり無防備ではないだろうか。
「わたくしとゼノンはそういう関係にはならないわ」
「・・・なぜ」
「ゼノンはわたくしに心酔しているけれど、それは決して男と女ではない」
どうして言い切れるのか。聞こうとして後悔した。
スカートが膝よりも上までたくし上げられ、うっすらピンク色の膝が見えた。太ももは白くもっちりとしていて・・・そこまで考えてハッとする。
恐る恐る給仕の少年を振り返ると、顔を赤くして固まっていた。まるで石のようだ。
「・・・あまり子どもを苛めるな」
「ふふ」
「どうして、男と女ではないと言い切れる?」
セスがさっとスカートを戻すと、百合はつまらなそうな顔をした。この状況を楽しんでいるのだ。
「だって彼、一度も興奮しないのだもの。この身体を見ても。彼にとってわたくしは守るべき存在であって、それ以上でもそれ以下でもない。多分、男も女も関係ないの」
「そんなものか?」
「西のエメランティス神殿では男女関係なく水浴びをするわ。お互いの身体なんて見飽きている程よ」
衝撃の告白にセスまで石になってしまった。その時、タイミング悪くアンドレアが入ってきた。彼は部屋の状況を理解するのにしばらく時間を要した。そしてセスにぐっと親指を立てると、爽やかな笑顔を浮かべて出て行った。
「違うから! 出ていくな! というか、入るときはノックぐらいしろ!」
慌てて言うと、少し残念そうな顔で再び入室したアンドレアは、百合を見て「白いな」と呟く。
「何か御用?」
「昨日、紹介し忘れたからな」
そう言うと後ろを振り向き何事か手招きした。すぐに一人の男が入ってくる。
「!」
百合は目を見開いた。
「俺の副官だ。名前はエドアルド・ジャコモ、時々言葉が東訛りになるがまあ気にするな」
そこには濃い茶髪に同じ色の瞳の、長身の男が立っていた。切れ長の瞳がなんとも色気を放っている。髪を切るのが面倒なのか後ろで無造作に一つにくくっていて、しかしきちんと服を着ていた。
南方騎士団の制服を、きちんと身につけている人物はエドアルド・ジャコモ以外にいない。この変態集団の中から現れた唯一まともな格好の男を、百合は驚いて見つめた。
「プリーティア殿、よろしくお願いいたします。先程は部下を助けて下さって感謝いたします」
淡々として抑揚のない声は、気を抜くと聞き流してしまいそうになる。
「・・・あなたが、騎士?」
「はい」
「・・・・ここの?」
「はい」
百合は立ち上がり裸足のままエドアルドに近づくと、その額に手を伸ばした。
「熱はなさそうね」
「おいプリーティア、そりゃねえよ」
どういう意味だと呆れ顔のアンドレアは、副官が無表情のまま美しい女を見つめていることに気が付いた。気分を害したわけではないようだが、興味すらなさそうだ。
「だっておかしいわ」
「何がだ?」
「ここの制服は着てはいけないのでしょう? みんな裸じゃない」
「いや、俺が暑いから脱いでいたら周りも真似しただけだ」
「真似で裸エプロンをするの?」
ゴスッと鈍い音がした。どうやらエドアルドがアンドレアの頭を思い切り叩いたようだ。
「ほら、部下ならこんな真似はしないわ。ねえあなた、無理やり連れてこられたの? 帰れないの? 可哀想に」
「なんでそうなるんだよ!?」
「こんなにまともな人がこんな場所にいるわけがないわ。あなた、どうやって騙してきたの!」
酷ぇ! と叫ぶと、アンドレアはわざとらしく泣き真似をした。
「プリーティア殿」
エドアルドが呼ぶが、百合は一瞬自分が呼ばれたと思わなかった。それ程までに彼の言葉には感情がのっていなかった。
「無礼をお許しください」
エドアルドは強引に百合を抱きかかえソファーに向かうと、失礼にならない程度に落とした。エプロンの少年に足拭きようのタオルを持ってこさせると、一応気を使っている程度の力加減でごしごし足をぬぐった。正直大変痛い。
「わたくし、こんな扱いを受けたのは初めてだわ」
「淑女が素足で歩きまわるのはおやめください。迷惑です」
百合は思わず男を見つめた。




