まさか俺を置いて行ったのは・・・
百合は悩んでいた。
任された仕事は多分簡単な報告だけで済む程度の問題だった。しかしすぐに報告するとまた次の厄介事を頼まれかねない。それは全力で阻止したい。
いい加減ヴェステンに帰りたいのだ。
この神殿の人間は何故かアンドレア・カルロの熱心な信者のようになっており、神殿としては見過せない事態だが場所柄仕方がないような気もする。
何より自分を持て囃さない連中に興味はない。百合はもっと楽に、そしてもっとちやほやされて生きたいのだ。
時を同じくしてセスも悩んでいた。
オオカミの群れの中に子猫を放り込んでいったプリーティアには憤りを感じ得ないが、己の職務のため仕方のないことと割り切る。ただし、暑苦しい全裸が己を囲う様に陣取っているのは耐えられなかった。
逃げ出すべきか、耐えるべきか。
「セスと言ったか」
「・・・ああ」
アンドレア・カルロは神殿に二人を送り届けてきた後だった。いつも通り熱狂的な声を貰い気分よく帰還したら、部下たちが困ったように自分を見上げた。
いつも元気と熱気に溢れている部下が、今は何故かおろおろと困惑している姿に驚いた。
彼らの前には小柄な少年がいた。錬金術師の少年は、神殿の二人が触れてきた人物で、濃紺の髪に青い瞳の美少年だ、しかしいかんせん顔色が悪く、どこか存在感がなかった。
変態集団もとい熱気に溢れた南方騎士団団長としては心配な顔色だ。長旅で疲れたのかもしれない。
「アンドレア・カルロだ。世話になるな」
「・・・・・セス・ウィング」
「このズューデンでは、ここ数か月前からおかしな植物が栽培されている。最初は見つけ次第引っこ抜いたり燃やしたりしたのだが、どうにもそれに関わった連中が体を崩してな。残念ながら植物に詳しい錬金術師はズューデンにはいないってんで、あんたに来てもらった。ヴェステンでは大活躍だったんだって?」
にやりと笑う大男を、セスが無表情に見上げた。
「・・・詳しい資料を」
「ちっせえ声だな。うちで鍛えてやろうか?」
「ヴェステンの患者の様態が気になる。早く戻りたい・・・資料を」
再度催促すれば、やれやれというように肩を竦め、近くでセスを見守っていた部下に声をかけた。
セスは変態集団に囲まれた心地だったが、本当は小さい身体で今にも倒れそうな美少年を心配して集まっていただけだった。
全員が半裸でなければセスも警戒することはなかっただろう。本音を言うとヴェステンの患者たちはもう心配ない。しかしここに長く留まるのは自分の中の何かが危険だと本能が訴えていた。
「あら、まだ貞操は守られているのね。てっきり昨夜のうちに食べられたのかと思ったわ」
翌日、情報交換として集まったカフェの一角で、挨拶もそこそこに言われた言葉に、セスは飲みかけのお茶を吹き出した。ゼノンもカップを持ったまま不自然に固まっている。
なんでも身体疲労に効果がある薬草を使っているとかで、ズューデンに来たら一度は飲んでみたかったのだ。口に含むと薬草の匂いがきついが、味はさらっとしていて飲みやすい。赤いお茶は薬草の色だそうだ。
その赤いお茶が数少ない彼の服を染める。
開店したばかりのカフェの一角。原色だらけの店内は少々目が痛いが、店員の笑顔とお茶の味は悪くない。エプロン姿の店員が慣れた様子でタオルを置いて行った。
「プリーティア、まさか俺を置いて行ったのは・・・」
「冗談よ、今日はまた一段と顔色が悪いわね」
「・・・一睡もしていない。だが資料は全て頭に叩き込んだ。この後実物を見に行く予定だ。あなたも付き合え」
口調は命令のようなものだが、付き合ってほしいという気持ちがひしひしと伝わってきた。
「ゼノンを神殿に置いておかなくてはいけないのよ。わたくし一人で行動するのは危険だわ」
セスがタオルでせっせとふき取る。どうにも緊張感に欠ける様子を気にしながらゼノンが口を開いた。




