花は花でも毒があると思う
「ねえ、そこのあなた」
神殿の裏手、温暖な地域に相応しい鮮やかな花々が所狭しと咲いていた。
南のエメランティス神殿に幼少期から仕えるプリーティア・イーズは、初めてその美しい女を目にした。神殿長に任された花の手入れの最中だった。
「わたくしは西のエメランティス神殿のユーリ。道に迷ってしまったの、よければ案内してくださらない?」
一目で貴族とわかる高貴な雰囲気。見たことのない黒い瞳と髪。どちらか一方ならたまに見るが、両方は初めてだった。
鈴のような軽やかな声に、南の街では中々お目にかかれない白い肌。
まるで子供のころ教えてもらった昔話に出てくる美しい姫君のようだと思った。
「ねえ?」
気付いた時にはその美しい女が目の前に立っていた。
「あなたのお名前を、教えて下さる?」
おっとりと首を傾げると、どこか可愛いらしい。
「わ、私はイーズと申します! あの、あの、あなたはどうして西から来られたのですか!?」
叫んでから気付く。大変失礼な質問だ。しかも理由は先程神殿長から聞いた後だった。
「ふふ、どうしてかしら」
花が咲くと言うのはこういう時に使う表現なのだろか。イーズは赤毛にくしゃくしゃな癖毛。子供のころから酷い癖毛だが、大きくなっても直ることはなかった。
対してユーリと名乗った女の黒髪は絹糸のようにさらさらしていて美しい。嫉妬することすらおこがましい。
イーズは自分が恥ずかしいと思った。顔はそばかすだらけ、肌は日に焼けて全然白くない。普段身に着けている神殿の制服も、西と南では色が微妙に違うようだ。西の制服は緑がかっているが、南は青みがかっている。
「ねえイーズ。忙しいかしら?」
「い、いえ! 私でよければ!」
慌てて返事をして園芸道具を片付けた。ユーリはにこにこと優しく笑って待っていた。
昔から容量が悪いと自覚しているイーズにとって、もたついても嫌な顔をしない相手は初めてだった。
「イーズは優しいのね。だって、この花はあなたが面倒をみているのでしょう?」
「え? あ、はい」
「すごく綺麗だわ。花は人の心がわかるの。だから、優しい人しかちゃんと最後まで面倒みられないのよ」
白い指先が黄色い花びらに触れると、優しい笑みがイーズを襲った。
「わ、私は何をするにもとろくさくて!」
「慎重なのね」
「いつも人をイラつかせるんです!」
「イライラしやすい人はいるわ。花は正直よ。雑草も全然ないし、あなたはとても丁寧に仕事をしているわ。そこは誇るべきではないかしら?」
こんなに嬉しい言葉を貰ったのは初めてだ。
貧乏貴族の四女として生まれ、姉三人と違って要領が悪いイーズは昔から居場所がなかった。神殿にきてからもそうだった。
両親ですらこんな言葉をくれたことはなかった。
「わ、私はダメダメで・・・」
「どうして? あんなに優しい顔で花の世話をしていたのに? 誰かの基準で自分を決めつける必要は、ないのではないかしら」
「・・・ゆ、ユーリ様は、ユーリ様の方が優しくて、お綺麗で!」
「わたくし、優しいのかしら?」
「はい!」
それは違う。百合はあくまでも相手の望む言葉を言っているだけだ。
うっすらと笑った百合は、内心冷めた感情を持っていた。
「ねえイーズ、この街の騎士団はずいぶんと人気があるのね」
「あ、はい、そうなんです。騎士団の方々は何度も海賊から街を救ってくださって、とても恰好良いのです!」
だが何故か全員半裸だ。
「そうなの」
大げさに驚いてみると、イーズは興奮したような顔で頷いた。
「それに皆さん格好良いですし」
それはどうだろうか。冷静に見るととても変態的だと思う。少なくとも騎士ではない。
「あ。まずは食堂をご案内しますね!」
「ええ、ありがとう」
百合はイーズの言葉を聞きながら神殿内をくまなく案内させた。少し抜けたところのあるイーズは、意図して案内させられていることも気付かず、本来ならば他者に見せてはいけない場所まで丁寧に教えてくれた。
同じ神殿に仕えているという安心感からか、彼女の口はいつになく饒舌だった。




