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麗しのプリーティア  作者: aー
第四章
202/203

彼女がいない日々ーゼノン昔語り3ー

 子どもの成長は早い。

 蝶よ花よと育てられている我が子を見て、ゼノンは思わずため息をついた。

「父さま、ぼくね、おおきくなったら王都へ行っていっぱいお金をかせいで父さまと母さまを楽させてあげるね」

 そういう息子は現在四つになったばかりだが、両手にはプリーティアたちをはべらせて飲物を飲ませてもらっている。

 稼ぐと言ってもこの状況の子どもがどうのように考えているのか不思議に思い口を開いた。

「どうやって稼ぐのですか」

「ぼくの顔で。ぼく、じぶんでいうのもなんだけど、母さま似で美人でしょう? いっぱいお金をみついでくれる人がいると思うの」

 その発想が四つの子どもから出ることに絶望したい気分だ。

「母さまはなんと?」

「なにごとも、けいけんよって」

「そうですか、しかしあなたにはまだ早いようです」

「うん、だからね。こんどフェルディおじさんの旅に、どうこうしたいの」

 ゼノンは思いっきり嫌な顔をした。

「やつにあなたを任せると変なことまで教えそうです」

 主にピッキングとか。

「でも父さま。知っていてわるいことってある? ぼくね、いろんなことが知りたいの。知ることができるのに、知るどりょくをしないのはつみだって、母さまがいっていたよ」

 うーん。と頭を悩ませるゼノンに、息子は天使の笑顔をプレゼントした。この父は時に母より甘々なのだ。

「ぼく、いろんなことを知りたいの」

 そうしてゼノンは、もう少し大きくなったらいいですよと答えてしまったのだった。



 そんな会話があった日の夜。成長した息子の寝顔を見ながら昔のことを思い出していた。

 ゼノンがヴェステンに戻ったのは百合が目覚める五年前の事。街はまだ暗く沈んでいた。

 ゼノンと百合が助けた子どもも何人か亡くなっていて悲しかった。

 戻った彼を街の人々は喜んでくれたが、そこには百合がそろそろ目覚めるかもしれないという期待もあったようだ。

 だが彼女は目覚めない。

『気長に待ちましょう、いつかはきっと目覚めますから』

 二年近く旅をしていたゼノンの髪は結える程に伸びていた。

 淡々と言葉を紡ぐと、誰とも知れず一人、また一人と頷いていく。人々はゼノンの言葉に勇気をもらったようだった。

「しかし、お前ね」

 米神がぴくぴくと痙攣しているオースティン・ザイルが深々と溜息をついたのはそれから数日後の事。

「ゼノってそれ、偽名のつもりか!?」

「案外良いものです。そもそもゼノンすら本名ではなかったですしね」

 実は気に入っていると胸を張ればまた溜息をつかれた。

「で、一応用意したがここでいいのか?」

 数年前まで宿屋だった場所で二人は食堂だった場所を見渡した。店主が持病で亡くなってからは空き家になっていたそこを買い取ったゼノンは、せっせと蜘蛛の巣だらけの天井を片付ける。

「もちろんです。ここなら酒場として丁度いい場所ですし、二階に自分の部屋ももてます。バッカスが逃げたくなってもここなら部屋を提供できる」

「うちのバッカスのためにどうもありがとう。が、ここはもともと宿屋だろう。宿はしないのか?」

「面倒なのでしません」

 バッサリ切り捨てられてオースティンはそれ以上言葉を重ねなかった。

 二年前は死人のような顔をしていた男が自らの店を持つほどに回復したことが素直に嬉しかったこともあるし、この店ならば彼女が目覚めても住めるだけの広さがあったから。

「じゃ、店が開店する時は知らせろ。祝いぐらいは送ろう」

「ええ、どうも」

 淡々としていたが、ゼノンの声はどこか優しかった。

 オースティンが帰って行ったあと、ゼノンはせっせと掃除にいそしんだ。二日かけて中を、更に一日かけて建物の外壁を徹底的に綺麗にした。もちろん雑草も全て残らず引き抜いた。まっさらなそこには客が来ればすぐにわかるように白いタイルを敷き詰めた。わずかな音に反応し綺麗な音を出すことでヴェスエンではよく使われる素材だった。汚れても掃除がしやすいのが人気の理由でもある。

 ゼノンがそうして作業していると、街の人が一人、また一人とやってきて白い花を差し出した。

 ゼノンは貰った花を見つめ、花を飾るための花瓶を探した。誰の目にもつくように玄関先に飾っていると、今度は土と球根ごと持ってくる人が数人現れ驚愕した。

 どうやら球根ごと育てろと言いたいらしい。

 誰もが同じ花を手に持って、誰もが同じ願いを持っていた。

 なんとか開店までこぎつけた晩。オースティンも白い花束を持って来て、バッカスだけが色とりどりの花を持ってきた。

「ユーリはこういうのも好きだからね」

 そう言って、落ち葉色の瞳がどこか遠くを見ていた。

 そんなバッカスは翌週、元海賊の船に乗ってしばらく旅に出てしまった。

 数か月経って戻ってきた彼は少し様子が変わっていたが、ゼノンの店の中では相変わらず少しだけ甘えたような雰囲気を出していた。

「ねえ、ゼノ。団長の奥さんの話きいた?」

「ああ・・・大変でしたね」

「まったくだよ。なんなんだろうね、あの気色悪い女」

 ゼノンはそこで驚いて顔を上げた。

 バッカスは女性を大切にしている。直接的に相手をけなす姿を今まで見せたことがなかったのに。

「お菓子の中に髪の毛を仕込むとか、なんの呪いなわけ?」

「・・・それは、本当に大変でしたね」

「ユーリがいたらなんて言ったか! 食べ物に対する冒涜だ!」

 元海賊たちに色々仕込まれたバッカスは、水のようにワインを飲んでいく。そのさまはまるで何年も眠り続ける彼女のように豪快で、少し笑ってしまった。

「笑いごとじゃないの!」

「ええ、そうですね。しかし離婚は認められそうなんですよね?」

「あたりまえじゃん。もう、あんな女は認めないし!」

 どうやら保護者気分でいるらしいバッカスは、その後しばらく文句を言い続けていた。




「なぜこんなことを思い出してしまったのか」

「なによ?」

 思わず呟いたことに妻が顔を上げた。どうやら息子が昼寝をしているのを見守っていたようだ。穏やかな表情をしている。

「いえ、昔団長殿が強制的に結婚していた時期の事を考えていました。あの頃からバッカスが妙なことを覚えだしたんですよ」

「ああ、噂には聞いたわ。でもあの団長が結婚とか笑えるわよね」

 今はお前も俺の妻だろうという言葉が口元まで出かかったが懸命な彼は無言を通した。

「それにしても、久々に起きたらバッカスが色々面白いことになっていたわね」

 ピッキングも弓や銃剣も、料理から天井裏に忍び込む方法まで。唯一取得できなかったのは、女性を見ただけで相手のスリーサイズを当てることだった。話を聞いたオースティンが、そんな技を会得したら騎士団立ち入り禁止を言い渡していたことも今ではいい思い出だ。

「そういえば、あなたはこの子に旅に出る許可を出したそうですね?」

「ええ。色々経験しないとわからないこともあるでしょう?」

「それは否定しませんが、顔で稼ぐと言われた俺はどうすればいいんですか」

「あら、そんなことを言ったのね。さすがわたしの子ね」

 ゼノンの額がぴくりと波打ったが妻は気付かないフリをした。

「いくらなんでも早すぎます。まだ四つですよ!?」

「はいはい。だから、あなたが許可をだしたらって言っといたわ。どうせあと十年は無理でしょうけどね」

「十年経っても十四です!」

「じゃあきくけど。あんた、十四のころどんな生き方をしていたの?」

 十三で初陣。十四で小隊を預かっていましたとは言えなかった。

「ほら、言ってみなさい」

「・・・・・・ゆ、百合はなにを」

「あんたよりは明らかに安全幸せ生活送っていたわよ」

「ぐっ」

「大丈夫よ。たとえ何があっても生き残れるだけの知恵と技術をあんたが与えればいいんだし」

「・・・・・俺がですか」

「は? 他人に任せる気?」

「いえ。あの、ええ、もちろんです。任せてください」

 このように言い負かされる時間が意外と嫌いではなかった。いつも口では勝てないので反撃のつもりで唇を奪うと、ふっと細められた瞳が嬉しげに煌めいていて可愛かった。

 どうやら行動でも勝てないらしいと納得して、優しく彼女を抱きしめた。



このシリーズもう少し続きます。

次回をお楽しみに!

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