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麗しのプリーティア  作者: aー
第四章
200/203

彼女がいない日々ーゼノン昔語り2ー

今回は長いので二部作です。

まずは前編―ゼノン編-をどうぞ。


 嵐の夜だった。ただでさえうるさい風が、今夜は特にひどくわずらわしい。

 己の腕の中で安らかな寝息を立てる女に目をやると、彼女は全身の力をぬいて全てを託していた。こんなにも警戒心のない様子を見せられると愛しさがあふれてくる。

 いつまでたっても可愛い女だ。

 ゼノンは、そんな彼女の寝顔を眺めながらまた昔のことを思い出していた。



 老人ばかりが集まる崖の上の神殿で、散々ギャンブルでプリーストたちを負かせたゼノンは、彼らが飽きるまでそれに付き合い続け、大分懐が温まったところでまたフェルディに見つかった。

 しつこい男から逃げるように神殿から退散し、ふらりと立ち寄った酒場で酔っ払いに絡まれた子どもをうっかり助けてしまい、しばらくそこで働くことにした。

 酒場は情報を集めるのに適した場所であり、宿を兼ねたそこは飯も旨いのでしばらく居座り酒の勉強もした。地方によって酒の味全くが違うので、百合が目覚めたとき色々と飲ませてやりたかった。

 この頃の彼は時折夜空を見上げては彼女の瞳を思い出していた。

 夫婦になりたいのかと問われれば否定する。ではどうしたいと問われても答えを持っていない。

 唐突の別れだった。気づいた時には百合だけがいなかった。

 王立騎士たちは数名をのぞいてすぐに帰ってしまったし(その後、降格処分等の罰を受けたらしいが)、ヴェステンに戻っても百合は眠ったまま目覚めないと言われて姿すら見ていない。

 神々の間にいるのならば、ほとんどの人間は彼女に会えないだろう。いつ目覚めるのかは本当にわからないのだ。

 待つばかりの日々はどうしてこうも情けない気持ちになるのだろう。

 それどころか、なぜ待っているのかさえもわからない。もやもやとした気持ちを持て余す日々を過ごしていたら、ふいに背後から呼び止められた。

「あの、あなたはゼベリウス殿ではありませんか?」

 昔の名を言い当てられ、警戒心を隠さない瞳で見やる。そこにはくすんだ茶髪にやさしく細められた同じ色の瞳。人のよさそうな雰囲気の見慣れない男は、しかし以前一度行動を共にしたことがあった。

 あの寒い雪の日々と、あの地震の国を思い出す相手。王立騎士。そう思い出した瞬間、背に隠した武器に手を這わせる。

 相手がわずかに苦笑した。

「私を捕えに来たのか」

「いえ・・・実は、現在は国境警備を担当しておりまして、以前の任はとうにとかれております。いまさらあなたを捕えたところで王立騎士として陛下のおそばにはもどれません」

「では何用です」

 じりじりと距離をとっていくゼノンに男はまたも苦笑する。

「心配しておりました。我々はいち早くあの場を離れましたし、あなたは・・・その、罪人として指名手配されております」

 現在も。

「あの後、我々は彼女を連れ帰れなかったことで罰を受けました。私を含め何人かは国境警備隊へ、隊長は階級を落とされ現在は末端の騎士として再出発しています」

「・・・」

 その程度で済んでいるのは、ひとえに百合の功績があったからだ。

 世界中を混乱に陥れた原因を解決したことにより、現在この国は称賛の嵐だ。国家としても鼻が高いのだろう。虎視眈々と狙い続ける隣国も現在は手を出せずにいた。ただし、それがあったとしても、ゼノンの罪がなくなったわけではない。彼は百合を拉致したことになっているのだから。

「しかし、今となってはこれで良かったように思えます。彼女が自由に行動できるのはあなたのそばにいる時だと、あの時わかりましたし」

 ゼノンはそう言われて、確かに彼女は自由すぎるきらいがあるなと思った。そこも愛らしいのだが。

「ただ一つ、お願いがあるのです」

「私にですか?」

「ええ」

 男はすっと息を吐きだすと、その勢いのまま腰を折った。

「どうかロルフ・シュフティを許してやって欲しいのです。彼は王命に従い彼女を連れ戻そうとしました。結果、神々に保護された彼女は眠りについたとききます・・・彼は、とても自分を責めています。それこそ騎士を辞めたいと願うほどに」

 ロルフ・シュフティというのはおそらく最後に百合と話した人物だろう。しかしゼノンにはどうでもよかった。

「神々の加護が働くときはよほどのことがあったときです。どれだけ強引な手に出たのか想像にたやすい」

「彼はそんな人間ではありません! 確かに強引なことは言ったのかもしれない、けれど決してあの方を傷つけたかったわけではない。まさかこんなことになるなんて!」

 男は必死に弁明するが、それでもゼノンの警戒心を解くことはなかった。

「今彼は、我々の中でも最も厳しい任についています。眠ることもほとんどできなくなりまるで亡霊のような顔で、それでも自ら進んで厳しい罰を望みました」

 それがどのような任務なのかゼノンには想像がつかなかったが、何となく真実なのだろうと思えた。それほどに男は必死だった。

「どうか、許してやってください。恨まないでやってほしいのです」

 懇願する声は真剣だが、ゼノンは何も言えなかった。

 あの花の街の人々は彼女の目覚めを待っている。己も、待っている。

あの白い肌に。あの優しい声に。己に見せるふてくされた顔。すねたような顔。薄桃色の唇に指先。己を見る黒曜石の瞳。豊満な胸元。指に吸い付く肌。

 己を呼ぶ、あの声。

「あなた方の関係はよくわからなかった。けれど、あなたがあの方を大切に思っていたことはわかります。だけどどうか、彼を、どうか・・・許してあげてほしいのです。彼はまだ若い。この先ずっと後悔して生きるなどあんまりです」

 男は必死にいいつのった。だからだろうか、ゼノンも男の瞳をひたと見据える。

「話は理解しました。許すか、許さないかは私が判断することではない。彼女が目覚めたときどう思うかです」

「それは・・・・はい・・・」

「けれど、あなたが彼をかばったことは伝えましょう。もちろん、私が彼女と出会えればの話ですが。ですから・・・あなたの名も、教えてください」

 百合以外には興味を持たなかったゼノンが一歩足を踏み出した。他人に自ら歩み寄ることを、百合が教えてくれたのだから。

「私の名はマックス・マンフレートと申します。国境警備隊第三団体所属、マックス・マンフレートです」

 マックスの優しい瞳をしかと覚えて、ゼノンは一つ頷いた。

「いつか、またお会いできる日を楽しみにしております」

 その言葉には頷かず背を向けたゼノンに、マックスは深々と頭を下げた。


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