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麗しのプリーティア  作者: aー
第一章
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美しい人だと誰もが思った



 うららかな午後。さんさんと降り続く太陽に照らされる木々。

美しい人だと誰もが思った。

 黒い髪は光に反射して絹のように滑らかに輝き、優しく細められた大きな瞳は水鏡のように澄んでいた。豊満で形の良い乳房を透明な水が流れ落ちる。

 傷のない白い裸体に流れる水は冷たく、生き物の全てが彼女に見入ったようだった。

 清潔にすることを当たり前とする彼女は、週に何度も水浴びをしていた。一月に一度も水浴びをしない人間も数多存在する世界で、彼女のように清潔を保とうとするのは高貴な生まれのものだけだ。

 彼女の傍には常に数名の女たちが守るようにいた。

 女たちも彼女にならって水浴びを楽しむようになった。

 この国には地域差はあるものの年間を通して温暖な気候だ。朝晩は冷えるが天気の良い昼間の水浴びは贅沢で心地の良い日課だった。

 女の傍にはもう一人、必ず男がついてきた。

 浅黒い肌。短く切りそろえた黒い髪、力強い炎を思わせる赤い瞳。無駄のないがっしりとした筋肉質の体。右目の上に小さく走る切り傷。荒々しい見た目だが、その身に包んでいるのは神官の制服だった。

 ただの神官ではない。腰には二本のナイフ。足元にも一本ナイフを隠している。闘うための装備は、彼女たちを守るため、そしてうさぎなどを見つけたときは食料として狩るためだ。

 彼はとても寡黙だった。無駄な話は一切せず、過去も語らず。しかしわずかも傍を離れない。まるで影のような護衛。

 彼女たちから少しだけ離れた場所で石造のように立っていた。

 キラキラ輝く水面で戯れる女たち。緑の葉を心地よくゆらす優しい風。俗世とは完全に隔離された山の中、それは現れた。

 最初に気付いたのはやはり護衛の神官。音もなく駆け出すと、彼女たちの前に壁のように立ちはだかる。

「・・・ゼノン、どうしたの?」

 驚いた女が悲鳴を上げるが、男の顔を見るなり呼吸を整え始める。彼らの間に男女の差は関係ない。どのような淫らな関係も築かれるはずはないのだから。

 それでも男は気を使って、女たちの沐浴の邪魔をしなかったのだが。

「・・・人が」

 ゼノンと呼ばれた男は、小さく短く言う。低い声が心地よかった。

「皆は神殿に戻りなさい。迷子かもしれないわ、わたくしが話しを聞きましょう」

 年に何度か“間違って”入ってきてしまう困った人もいるので、対応は慣れたものだ。

 武器と悪意を持って入ったものには制裁を。

 本当の迷子ならば美しい女の微笑みを。

「プリーティア、皆様方だけでよろしいですか」

 プリーティアというのは、神官相当の立場を持つ女の事だった。彼らが普段寝起きする神殿には多くのプリーティアと神官であるプリーストが存在する。

 プリーティアになれるのはプリーストがそれと認めたもののみで、貧富の差は関係ないが、通例として貴族の女子が多かった。

 プリーストとプリーティアの世話係の事はたいてい名前を呼び捨てにするが、役を得たものを呼び捨てにすることは基本的にない。

 それでも美しい女はゼノンを呼び捨てにした。それは彼が護衛を買って出たときに自らそう申し出たからだ。

「わたくしたちは大丈夫よ、プリーティア様をよろしくね、ゼノン」

「頼みましたよ」

 ゼノンの前だと言うのに恥じらいもなく着替えていく彼女たちに、彼も顔色を変えることなく頷いた。

 彼はそもそも、本当に、心の底から男扱いされていないのだ。

 足早に去っていく女たちを横目で確認すると、唯一残ったプリーティアもゆっくりとした動作で体を拭いていく。麻でできた簡素な服に着替えると、けだるげに空を見上げた。

「爪を整えたいわ」

「御意」

 警戒を怠らないゼノンは、それでも頷いて彼女に近づいた。傷のない白く小さな手を取ってナイフで丁寧に爪を整えていく。

 プリーティアと呼ばれる存在は、自分の事は自分でするし、基本的には我儘を良しとしない考えだ。しかし彼女は違った。

 誰もが彼女を甘やかしたくて、かまってもらいたくてたまらず、どんなことでも手伝ってしまう。そうさせる何かが彼女にはあった。

 神殿に仕える人間は、たいてい七つか八つで入ってくるものだが、彼女やゼノンのように成人してからの人間もたまにはいた。そういう存在は俗世に詳しく、自衛の手段がほとんどない神殿では重宝された。

 彼らのようなもののもたらす知識は更に歓迎された。

 俗世を捨てる人間はあまりいないものの、特に女が多かった。それは恋人や夫と死に別れたものや、男たちに性的な暴力をうけたり、親から酷い扱いされたりと、駆け込み寺のような役割も担っていた。

 はじめの数か月は様子を見て体の傷を癒し、必要なら住む場所を見つけてやり、仕事を斡旋する。見返りに食糧や情報を恵んでもらうのだ。一度でも助けた相手は死ぬまで神殿やそれに準ずるものに感謝し続ける。

 ゼノンはまるで主人にそうするように、跪いて慎重に、そしてとても真剣に爪を整えてやった。

「お客様は何名ほど?」

「少なくとも7名分の足音がします」

「そう」

 小さな、そして静かで優しい声が頭上からふってきた。





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