外伝 11 ガルテリオと少女の物語(後編)
「実はわたし、ガルちゃんと以前も会っているのです。一年前の事です」
「勝手に話し始めた!?」
「あの日、わたしは家族で買い物に出ていたのですが、運悪く迷子になってしまい困っていました。そこに、颯爽とガルちゃんが現れて家族を探すのを手伝ってくれたんです」
話だけ聞くと良いことをしたようだが、ガルテリオは基本的に露出が激しく、一年前もきっとまともな恰好ではなかっただろう。本人だけではなく、フェルディもその可能性に気付いて顔をしかめた。
「こいつをみて、あなたは怖くなかったの?」
「怖いだなんて! ふりっふりの可愛らしいレースたっぷりのドレスが、とっても素敵でした! 全身を覆う力強い筋肉が動くたびにしなやかで、とても美しい獣のようで」
うっとりと呟く彼女の言葉に、不覚にもガルテリオはときめいた。中々そこまで褒めてくれる相手はいないのだ。だが相手は変態。ときめいたのも一瞬だった。
「お尻の大臀筋や大腿四頭筋、長内転筋にむしゃぶりつきたい、つい見つめてしまいました」
大臀筋とは尻の筋肉で、大腿四頭筋はすぐ下の太ももあたりの筋肉。長内転筋も股関節近くの筋肉だ。どうやら脚フェチらしい。
「思わず食べてしまいたい。じゅるり」
「ひいいいいっ! 助けてフェルディ!」
フェルディはしばらく彼女を見つめ、それからそっとガルテリオを見た。
「・・・こうしませんか、お嬢さん」
「なんでしょう?」
「あなたはまだ若い。若いあなたがガルテリオに心囚われているのは将来が心配です。それでも本気でこいつが欲しいと思うなら、捕まえてください」
「はっ、はああああああ!? ちょ、あんた、何いってんの!? あたしを売る気!?」
「捕まえる? 今のぶんのご褒美は?」
混乱するガルテリオを無視して、二人の話は進んでいく。
「半時より長いですよ。僕たちは今からこいつを連れて全力で逃げます。三年以内にこいつを確保することが出来れば、あなたの勝ち。煮るのも焼くのも食うのも好きにしていい。でも、三年後の今日までにこいつを捕まえられなければ、諦めてください」
「え、フェルディそれって・・・・あんた、三年って長すぎない?」
「三年・・・」
フェルディは泣きながら睨み付けてくるガルテリオを安心させるように微笑んだ。
「僕らには船がある。全世界を逃げ回ってみせるよ。それでも捕まるようなら、彼女からはどんな手を使っても逃げられないだろう。腹をくくってくれ」
「あんたどっちの味方なのよ!?」
「もちろん、ガルテリオにはうちに居てもらわないとね」
どうでしょう? と提案するフェルディに、少女はぱちぱちと瞬いて、少しして頷いた。
「わかりました。きっと三年以内に捕まえます」
縛られているくせにその瞳には迷いがなかった。まっすぐガルテリオだけを映す瞳に、フェルディは将来が見えるようだった。
「こわっ、この女こわっ」
騒ぐガルテリオの縄を解いてやり、その足で少女の口内にハンカチを押し込んで更にタオルで猿轡をし、そして窓枠に足をかけたフェルディは爽やかな笑みを浮かべた。
「じゃあ、ゲームスタートってことで。頑張って」
流石にそこまですると思わなかったガルテリオは、驚いたかが反論せず後に続いた。
最後に見やった少女は、目があった瞬間とても嬉しそうに目を細め彼を見つめる。真直ぐすぎる瞳がいつまでも頭に残ってしまいそうで、ガルテリオは慌てて頭を振った。その勢いのまま二階から飛び降りて全速力で駆ける。
飛び降りて走ったせいだろう、ガルテリオの鼓動はいつになく高鳴っていた。
「フェルディはその日のうちに船を出してくれたのに、何故か行く先々で待っていたのよね」
「豪商から成り上がった貴族とはいえ、金かけ過ぎだよね。いやぁあの時は本当に驚いたよ。お前を追って地の果てまでやってくる女の子がいるなんて。趣味が悪すぎだよね」
「ちょっと、どさくさに紛れてあたしの悪口言うのやめてくれる。大体、あたしは女の子は興味なかったのよ?」
あの日から四年。ガルテリオはマーレ号の甲板で筋肉をより強化する体操を行っていた。美しい筋肉は日々の努力のたまものである。彼は決して努力を怠らない男だった。
「と、言われてもね。お前だって途中から楽しんでたじゃないか。逃げても追ってくる相手なんて中々いないもんな」
「あれは恐怖だったわ。でも言ってもしょうがないんだもの。変態には何を言っても無駄だったし」
お前が言うなと一瞬思ったフェルディだが、いつも通りの笑みを浮かべただけでとどめた。
「へえ、そのわりに暴漢に襲われそうになった彼女を必死に守ったのは誰だった?」
「あたしは紳士なのよ! いえ淑女だったわ。だから、か弱い存在を守るのは義務よ! まさかそれが演出なんて思わないじゃない!?」
そう、三年が経つ頃、焦った少女は強硬手段に打って出た。
自ら依頼して暴漢に襲わせたのだ。もともとはフリだったはずなのに、一見可愛らしい少女の演技に気を良くした男が本気になったところで運よく(?)ガルテリオが現れ助け出した。
「まるで少女小説を読んでいるかのような素晴らしいシーンだったね」
「その後で縄を持ち出されてぐるぐる巻きにされなければね」
もちろんガルテリオは捕まった。賭けは少女の勝ちだった。
しかしガルテリオはその頃にはもう半ばあきらめていた。
金と人脈を惜しみなく使いまくって地の果てまでも追ってきた少女。ただ一心に彼だけを見つめるその瞳に嘘はなくて。
その日はあいにくの雨だった。視界は悪く、ざあざあと降る雨の中少女はガルテリオに抱きついていた。
針金を仕込まれた縄は簡単にはとけなくて、すでに諦めの境地だったがふと下を見て驚いた。
「あーもう・・・・・やっぱあんた最悪だわ」
「あら、でも捕まえましたわ」
にこりと笑った少女の指先は震えていた。
「自分で雇った男にやられそうになってんじゃないわよ」
「すみません、もう少し吟味したかったのですけれど、ガルちゃんの行動が予測しにくくて事を急いでしまいました」
いや、そこじゃないだろう。どれだけ好きなんだと考えて、好かれているのは己だと気付き恥ずかしい。
こんなに追われたのは初めてだ。
「わかったわ。もう好きにしなさい。でも、あたしはマーレ号の船員よ。あたしは、あの船をおりる気はないわ」
少女はじっとガルテリオを見つめ、それから満開の花のように微笑んだ。
「はい、もちろんです。私は、元海賊の心優しいあなたが好きなんです。海の男であるあなたを好きになったんですから」
それはガルテリオがうっかりときめくぐらい真摯な告白だった。海に生きる男の心をがっちりつかむセリフに赤面しそうだ。
「そ、そう?」
「はい」
そうして、ガルテリオは少女という檻に捕まってしまった。
「ガルテリオ」
フェルディはジッとガルテリオを見つめた。
快晴の空の下惜しげものなく肢体を晒し、今日も今日とてふりふりレースたっぷりのランジェリーを披露していた。
「なあに、フェルディ」
「お前、いいかげん恋人の影響を受けてその恰好をなんとかしようとは思わないの」
「思わないわ。あの子、あたしのこういう姿が好きだって言ったし、あんただって今まで反対しなかったじゃない」
反対しても無駄だっただけなのだが。
「まあ、人の好みはそれぞれだと思うしね。ただ、お前がまた変なものをヴェステンに送ったと聞いてね」
「変じゃないわ。ユーリ用の白いネグリジェを縫ったから送っただけよ。あんたが白一択とかいうから、仕方なく地味なのを用意したんじゃない」
地味というが、せっせと編んだレースをたっぷり使用した上品な作りだった。
今やマーレ号のガルテリオといえば服飾業界では知らぬものはいないほど有名になり、どの国に行ってもひっきりなしに引き抜きの話がくる程だ。
「まだ目覚めてないのにか」
「なに言ってんのよ。それを確認するためにも送ってるんじゃない」
誰よりも愛しい女の目覚めを待つ彼のために。
「・・・そうか」
フェルディが目元をわずかにほころばせた。珍しく腹黒くないそれを驚いた気持ちで見つつ、何年も忘れられない相手を想うだけでこんな顔になるのだ。恋は偉大だ。
「じゃあそろそろ次の海へ行こう。お前の恋人が追ってくる前に」
「フェルディ。あたし謎なんだけど、あたしと、あの子って、つきあってんのよね? なんで今も逃げてるの?」
付き合いだして一年。何故かガルテリオは未だに恋人から逃げ続けていた。もちろん全てフェルディの指示だ。
「ああ、だって彼女がお金を使うと喜ぶ連中がいるからね」
「それって・・・あんたまさか」
「簡単な仕事だよね」
こいつ結構ゲスイなと思ったが、追われるのは楽しいのでまあいいかと納得した。
「ねえフェルディ、次はどこへ行くの?」
「そうだな。じゃあ」
見上げた空は何時にもまして青が深くて、まるでどこまでも広がる海のようだった。
これが、ガルテリオと少女のなれ初めのお話。
ガルテリオ編終了です。
次回はオースティン・ザイル団長の結婚話について掲載します。




