外伝 10 ガルテリオと少女の物語(中編)
そして現在に戻る。
フーッ、フーッ、と毛を逆立てた猫のように警戒心を持ち、追いやられた高い壁を憎々しげに睨みつける。
そう、ガルテリオは現在窮地に立たされていた。
大通りから一本入った裏路地。助けは期待できない。逃げ道は少女が塞いでおり、実力行使以外の方法が見つからないが、ガルテリオはいかんせん紳士だった。
どれだけ変態であろうと、己よりも弱い存在に手を上げることは出来ない。
なぜなら、もう海賊ではないのだから。
「ふふふ、やっと追い詰めました」
「だからあんたは誰なのよ!?」
少女が一歩足を踏み出せば、ガルテリオは肩を震わせて背中と壁を密着させるが、それも次第に難しくなる。
互いの距離が、およそ一メートルを切ったところで、ガルテリオは覚悟を決めて叫んだ。
「もうっ、煮るなり焼くなり好きにしなさいよ! あたしなんて食っても美味しくないんだからね!」
見た目と発言がかなりヤバいが、彼は本気で叫んだ。
ここまで恐怖を与えられたのは人生で初かもしれない。得体のしれない何かが少女にはあった。
「・・・いいんですか?」
「え?」
「好きにして、いいんですか?」
虚ろな瞳で口からはよだれをたらして両手を伸ばす少女見た瞬間、ガルテリオは人体の限界に挑戦するかの如く跳躍し、無意識のうちに逃げていた。
あれ、まだ走れるじゃない。あたしってすごいわ!
そんなことを思った瞬間、横から飛び出してきた縄につかまった。
「ぎゃふんっ!!」
そこには何故かフェルディが爽やかな笑顔で立っていた。
「子爵令嬢? この変態が?」
ガルテリオは縄で三十に縛られたまま見知らぬ屋敷に連れてこられた。
オフホワイトの壁には優しいレモン色で美しい花が描かれており、見る者を楽しませる。ガルテリオが縛りつけられた椅子は、金箔が貼られていて豪華だし、同じデザインのテーブルにも金箔。このセットだけでも平民ならば数年は働かずとも生きていける額だろう。テーブルの上に飾られた瑞々しい花は香りが強く離れていても匂いがわかる。
少女はガルテリオよりも厳重に縛られてベッドに転がされているのだが、何故か満面の笑みで彼を見つめている。
とても恐ろしい状況の中、ただ一人フェルディだけは涼しげだ。
まるで我が家のように自然体でお茶を飲んでいる彼を、ガルテリオが胡乱気にみた。
「で? なんであたし、まだ縛られてるのよ」
「鍛錬がたりないよ、ガルテリオ。いくら変態が相手だろうとお前が本気なら逃げられただろう?」
「いや無理だし。あたしの本気についてきたし、こいつ!!」
ギッと睨み付けると更ににやついて涎をたらした女に、恐怖を覚える。
これは絶対人間ではない。人間の皮をかぶった何かだ。
「ひいいいっ! 見てよフェルディ! あのこ怖い!!」
「そうだな。怖いね」
ふう、なんて涼しげに溜息をつくフェルディは、完璧に他人事だ。
「それで、どうしてあなたはコレを追いかけたんです? 返答しだいによってはご褒美を上げますよ」
コレと言って指さしたのはもちろんガルテリオだ。
穏やかなフェルディの声を聞いて正気に戻ったのか、少女は僅かに首を傾げた。
「ご褒美?」
フェルディはええ、と頷いてのたまった。
「半時、ガルテリオを好きにできる権利を」
とても良い笑顔で。
「ちょっと!? まさか、その為に縛られてるのあたし!?」
もちろんガルテリオにしてみれば許される事態ではない。目の前に少女の姿を取った猛獣がいるのだ。普段は捕食する側だが、今だけは貞操の危機を本気で感じた。




