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麗しのプリーティア  作者: aー
第四章
192/203

外伝 9 ガルテリオと少女の物語(前編)

少し長めなので前編・中編・後編にわけます

 元軍人であるガルテリオ・ダリは現在必死に走っていた。

 濃紺のレースをたっぷり縫い付けた女性物の下着を身につけ、すれ違う人々が恐怖で足を竦ませるほど必死な表情で爆走していた。

「ぐうおおおおおおおっ、そこの野郎共、どきなさあああぁい!」

 雄叫びを上げながら走る露出狂。どれほどの恐ろしい光景だろうか、きっとすれ違った誰もが忘れられない光景だろう。

 そんな不審者極まりない男の後ろを、笑顔を浮かべた少女がふふふと上機嫌に追っていく。驚く程優雅に、そして信じられないスピードで。

「ああん、待ってくださいガルちゃん!」

「いいいいいいぃやああああぁぁぁっ! あんたっ、なんでついてこれんのよ!?」

 船上で毎日しごきに堪えるだけの体力を持つガルテリオについてこられる人間は、この世界でフェルディだけだと思っていた。まさか十三、四程の少女が笑顔でついてくるなんて別の意味で恐怖だ。

 しかもこの少女、重そうな桃色のドレスを身にまとっているのだ。

 最近流行のデザインを取り入れたそれは、決して安いものではない。髪には真珠で作った大きなバレッタ。平民ならこれ一つで家族が半年食いつなげるだろう。

「てゆーか、あんた本当に誰なのよ!?」

「ガルちゃんの運命の相手です!」

「あたしの運命の相手は別の国にいるんだからね!」

「そんなはずはありません! 気のせいですよ!」

「意味がわからん!?」

 そんな会話を繰り広げながら、二人は爆走し続けた。


 話は少し前に遡る。

 船上でいつも通り新しい衣裳のお披露目をしていたガルテリオは、辟易したメンバーを気にせず肉体美をさらしていた。

 くるっとターンを二回して、それから、んふっと笑みを浮かべる。

 快晴のもと、彼の笑顔はとても輝いていた。

「どうかしら、フェルディ」

 一見優男のフェルディが興味もない様子で「素敵だね」と言う。手元のピストルを丁寧に手入れしている彼は、次の言葉を聞いて朗らかに笑った。

「こういうの、ユーリは好きかしら?」

「はは、殺すよ。ガルテリオ」

 明らかに笑顔と言葉があっていないが。

 ユーリとは、今は遠く離れた国に居るプリーティアのことだ。

 優しい声と眼差しをいつでも思い出せる、フェルディにとって特別な相手。

「んもう! フェルディは夢を見過ぎよ! ああいう清純っぽい子ほど、こういうのが似合うのよ! ギャップ萌って知らないの!?」

 フェルディはしばらく考えて、それから真剣な表情で言った。

「白一択。それ以外の色は認めない」

「・・・あんた、いつもは派手な下着の女とやってるくせに、なんだってユーリだけ特別なのよ。というか童貞のガキみたいなことをいわないで・・・ぎゃっ」

 銃弾が耳の横を飛んでいく。遠慮なく撃たれてしまった。

「じゃあ、彼女のために作り直してね。デザインは・・・もう少し落ち着いた方が好みかな。まあレースは可愛いけど」

 お前も十分変人じゃないかという言葉を飲み込んで、ガルテリオは頷いた。

「ところで、その子はお前の知り合いなの? さっきから何をしているんだ?」

「え?」

 フェルディが指さした先には、鼻息荒くガルテリオを見つめる一人の少女。

 どうやって海賊船に侵入したのか分からないが、ドレスという不似合な姿でマストの陰に隠れている。

「誰よあんた、ここをどこだと思ってんのよ?」

 ガルテリオが呆れた顔をしつつ問えば、少女はこれでもかと目を見開き、そして恍惚と呟いた。

「すてき」

 ああまたか、とガルテリオがため息をつく。最近こういう女が増えてきたのだ。そろそろ別の街に行った方がいいかもしれない。

「フェルディのおっかけ?」

「いや、お前だろう。明らかにお前しか見ていないようだよ」

「あたしは、女には興味が無いわ」

 ハッキリと言い切ったガルテリオに、少女がうっとりとほほ笑む。

 フェルディは彼女をジッと見つめて、とりあえず危ない人間のような気がするから船から出そうとガルテリオの腕をつかんだ。

「へ?」

「お前に用があるみたいだからね、ちょっと行ってこい」

 いつも通りの爽やかな笑顔で言うと、どこにそんな力があるのか、ひょいっと巨体を船の外へ投げ出した。

「ぎいやああああああっ!? のぶほっぶっほ! げほっ! ちょ、なにすんのよフェルディ!!」

 ばしゃんっと海に落ちたガルテリオが、顔を上げて叫んだ瞬間、ハッと目を見開く。

 まるで獲物を狙う野生の獣のような瞳で少女が巨漢を見つめている。はあ、はあと息遣いまで聞こえてきそうな様子に、今度こそある意味で生命の危機を感じた。

 こんなにも恐怖を覚える相手は戦場でも滅多にお目にかかれない。そう、生きるか死ぬかの緊張感を与える相手を、ガルテリオはごくりと喉を嚥下させて見つめた。

 そして。

「あいつ、本当に泳ぐのが好きだね」

 ふふ、と船上からはフェルディの楽しげな声が響いたが、それどころではない彼は全力で岸まで泳ぎだしたのだ。

 もちろん、そんな彼を見つめていた少女の行動も早かった。

 足音もなくひらりと船から降りると、腹を空かせた肉食獣のごとき気迫でガルテリオを追いかけたのだ。

「悪いけどお前たち、彼女の事調べてくれるか?」

「フェルディさん、もしかしてプリーティアさんのこと持ち出されて怒ってます?」

 部下たちが柱からそっと顔を出して言うので、フェルディは真面目な顔で言い返す。

「前から、彼女の下着は白しか認めないって言ってるだろう」

 爽やかな見た目を見事に裏切る変態発言だった。

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