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麗しのプリーティア  作者: aー
第四章
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外伝 8 アルバニアとの別れ(後編)

「ねえ、この国はこれからどうするの?」

「アルバニア様には弟君がおられますが、ご両親殺害の主犯として生涯において幽閉されることが決まっておりますので、現在この国に王族は存在致しません。アルバニアさまの遠い親戚に中られる方もおられますので、今後、どなたかが王として立たれることでしょう」

 アルバニアの家臣の一人だろう。バッカスは顔も上げずに聞いた。

「王女さまとの約束だから、西の技術を提供するよ。まあ、いらないっていうなら別にいいけど。勝手に話し合って。僕は、彼女のためにしか動かないからね」

 投げやりな態度だが、エリオン王国が錬金術を好まないことは理解していたので、あえてそう言った。

 だが家臣は意外にも即答で「ぜひ援助をお願いします」と言い切る。

「いいの? 嫌いなんじゃないの?」

「わが国にはもう、アルバニア様はいらっしゃいません。しかし、このお方が最期まで望まれたのは、我が国の存続。そのために命を削って下さったのです。この方の願いはこの国を豊かに、そして安全にすること。そのためには、魔術にすがっている場合ではないのです」

 ようやくバッカスは相手の顔を見た。

 壮年の男だ。立っているのが不思議なくらい青白い顔をしている。手足も棒のように細長く、急激に痩せたのか、服のサイズがあっていないようだ。濃紺のローブを身につけ、無理やり隠しているようにも見える。

「・・・わかった。僕が、きっと技術者を送ってあげるからね」

「よろしくお願いいたします」

 男が頭を下げると、周りにいたメイドたちも深々と腰を折った。

 バッカスはその後、身を清められ白いドレスと白い花に埋もれたアルバニアのそばから一晩中離れなかった。

 誰が来ても反応せず、ただ彼女を見つめていた。

 そうして次の朝、彼はただ静かにエリオン王国を出て行った。



 エリオン王国に使者が到着したのはそれからわずか二か月後の事。疲弊しきった国を立て直すため、多くの錬金術師や、それ以外にも様々な分野の技術者たちがやってきた。

 瞬く間にインフラが整備され、更に半年後には国中に笑顔が戻った。

 けれどそれから数年。バッカスは一度もエリオン王国に行かなかった。あの国にはもう友人はいないのだと思うと、とても寂しい気持ちになるのだ。

 百合が目覚めるまでに色々あった。

 苦しいことがたくさんあった。けれど同じくらい、楽しいこともあった。

 身体は立派な成人男性になり多くの人とかかわってきた。酒も女もしっかり覚えた。

 長い時間が経った。だのに、一瞬もアルバニアを忘れたことはなかった。

「バッカス。頼まれて欲しいことがある」

 上官に声をかけられて、彼は顔を上げた。

 ふわりと笑って頷く。

「わかりました、なんですか?」

「お前が以前やらかした件でな。少々状況を確認したくなった」

「僕? どれのことですか?」

 ここ数年でずいぶんと雰囲気を変えた上官が苦々しい顔をした。

「・・・お前、どれだけのことをやらかしたんだ? まあいい、エリオン王国に行ってくれ。どうやら技術者の何人かが出奔したらしい。探し出せ」

「わあ。無理じゃないですか?」

「無理でもなんでも探せ。一応技術提供は国同士の取り決めだからな。現地に派遣している者だけでは対応できん数らしい。ちょっと手伝ってこい」

 さらっと言ってくれるが、エリオン王国はとても遠いのだ。バッカスは思わずため息をついた。

「それにしてもやらかしたって、どういう意味ですか」

「お前は女王の葬儀にも出席しなかったらしいじゃないか」

「・・・人を呼ぶのに一生懸命大急ぎで返って来たんです」

 それこそ本当に急いで戻り、悲しむ暇すらなく国王を説得し(言うことを聞かないと呪うぞと脅しつけ)、若き神殿長に泣きついて(多少百合に関することで脅した気もするが)、多くの技術者をかき集めて送るまでわずか数週間。

 あの時ほど元海賊に色々教わっておいて良かったと思った時はなかった。

「そろそろ命日だろう。今年こそ会いに行ってやってくれ。実は毎年文が届けられているんだ。お前だって知ってるだろう?」

 エリオン王国からの使者が毎年バッカスを訪ねていることは知っている。あえて会わないようにシフトを調整し、時には無理やり体調不良になり逃げ続けていた。

 だって、あの国にはもうアルバニアはいないのだ。

 エリオン王国に行ったところで何があるというのだろうか。

「逃げるな、今年は。ユーリはもう、返ってきたんだから。お前もそろそろ男を見せろ」

 思いのほか真剣に言われてしまった。

 しばらく俯いて考えるが、確かにずいぶんと時間が経ったのも事実だ。

「わかりました」

 己でも驚くほど、小さくて弱弱しい返事が出た。

 そんなバッカスを、金髪碧眼の上官が優しく肩を叩いて慰めたのだった。



 久々のエリオン王国は驚くほど進化していた。

 道路は舗装され、夜になると街灯が照らし、明るくなったことで犯罪も減ったらしい。

 インフラを整えるために多くの人が職を手にし、人々は豊かになった。

 バッカスは船から降りると、人々の笑顔を見て足を止めた。

 もしこの光景をアルバニアが見たらどれだけ喜ぶだろう。きっと、ぎこちない笑顔で笑うのだろうと想像した瞬間、心臓が鷲掴みにされたように傷んだ。

 ああそうか、この光景を彼女と見たかったんだ。

 そして笑ってほしかった。

 いつも淡々としていて表情の変わらない彼女の笑顔を見たかった。

 それはきっと、とても淡い感情だ。今になって気付くなんて、バカみたいだ。

 バッカスは一人口元に笑みを浮かべ、また歩き出した。

 さあ、会いに行こう。

 大切な、とても大切なあの人に。




 彼は、ようやく一歩踏み出した。

次回より、おねえ海賊ガルテリオのお話になります。

ギャグ重視です。どうぞお楽しみに!

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