窓の外を睨みつけた
しばらく二人の後姿を見送った後、ヨシュカはおもむろに後ろを振り向き苦笑した。
「すまない、アロイス・リュディガー。わざわざ来てくれたのに」
年老いたとは思えないほどスッと伸びた背筋と、逞しい筋肉。エメラルドの瞳には孫を慈しむ祖父のような穏やかな色を浮かべた男が立っていた。
「なに、私はただ、あの娘がどのように成長したのか気になっただけのこと。残念ながら成長はしていないようですが」
「ただ眠っていただけだからな。我々の方が彼女を置いてきてしまったのだ。変わらぬのは当然だよ。だが、だからこそ私は、彼女に会いたかった」
あの頃を強制的に思い出させる存在に。
「それにしても、よく我慢なさいましたな。今のあなたさまなら、彼女をここにとどめて置けますでしょうに」
本当に良かったのかと視線で問えば、ヨシュカがぱちぱちと瞳を瞬かせた。
「ああそうか、昼間のあれを見ていないのだったな」
「・・・はて?」
「あれの身体はたしかにここにあった。だが、魂は神々に囚われている。どのみち神殿という存在からは逃げられぬよ。また会うこともあるだろう」
昼日中、彼女の傍らには神が存在していた。ヨシュカには見えなかったが、あのような不思議な光景はそうなのだろう。ここは神殿だからこそ、外よりもずっと神々が近い。おおかた珍しく、懐かしい迷い人の気配に神々が降りてきたに違いない。
そんな人間に対して無体を働けば、たとえプリーストであっても無事は保障されないのだ。
「いつかまた、今度はゆっくりとしてもらいたいものだ」
その声はとても穏やかで、落胆した様子はなかった。
「ところでアロイス・リュディガー。せっかく来たなら、バッカスが眠らせてしまったプリーストを叩き起こしておいてくれ。あと、明日の朝食は罰として抜きだと伝えてくれ」
「この老体を使うとは!」
「はは。何を言っているんだ。まだまだ現役と変わらないだろう?」
いつの間にか人の使い方を心得た元主に、アロイスもやれやれと苦笑したが目元は優しく細められていた。
ガタン、ゴトン、と揺れる馬車の中は狭く、寝不足の百合はむすっとしたまま外を眺めていた。
プリーティアの制服を脱いで、今は青色のシンプルなワンピースに、茶髪のかつらを着用している。
「狭いわ」
「何を言っているんですか、このくらいましな方です」
己の下から声がして、思わずちらりと視線をやり、すぐに戻した。ため息がとまらない。
「なぜ、あなたがここにいるのかしら?」
「もちろん、俺があなたを浚ったからですがなにか」
悪びれもせずゼノンは揺れる馬車の中、己の膝に百合を横抱きにしている。そうしなければ二人分の荷物が乗り切らなかったのだ。もともと一人用の馬車に二人が乗っているだけでも狭いというのに、酷い密着具合だった。
「協力者っていうのは」
「現地の協力者にはすでに話を通してありますのでご安心ください」
「今教えなさいよ」
「・・・俺は、あなたのために夜通し走り通して寝不足なので嫌です。さっさと黙ってください」
まるで反抗期だ。
百合はまたもむっとして窓の外を睨みつけた。




