馬車の中は大変でした。
時は少し遡る。
百合は、馬車に乗り込んできたバッカスをみて怒った。何故ついてくるのかと。
「だって、ユーリがバカなことするからじゃん」
「馬鹿ですって?」
「そうだよ、ユーリのバーカ!」
「あなた、ずいぶんと可愛くなったじゃない?」
オースティン・ザイルが狭くて固い馬車の中で怒鳴り合う二人に、とても長くて重いため息をつく。
「落ち着け二人とも。ユーリ、街のものたちから要請があったのだ。プリーティアがまた無茶をするようだから、どうにかしてほしいと」
「なによそれ、わたくしがまるで問題児じゃない!」
「否定できないでしょ!?」
バッカスの悲鳴じみた非難にオースティンも頷いた。
「わたくしがここに居る限り、ヴェステンは王都に睨まれ続けるのよ。毎年の税がここ数年高くなったことを聞いたわ。他の街ではそんなことはないとも! これがわたくしのせいではないとなぜ言い切れるの!?」
そう。百合は目覚めてからできる限り街の様子を探っていた。国からの納税額が増加したこと、ヴェステンの騎士は定期的に入れ替わり、その変わり王都から人が流れてきていること。
病は終息したが、風評被害に遭い作物が余所で売れないこと。
王都では特に悪意に満ちた噂が飛び交っていること。
「落ち着けと言っている。だからどうした。確かに、一部の貴族がつまらん真似をしている。だが、それでも街のものたちはお前を守りたいと願っているんだ。勝手に王都なんて魔窟に行くんじゃない」
「あなただって王都の出身じゃない」
「だからだ。貴族のあれこれは、ここにいる誰よりも知っている」
淡々と言われ、百合もバッカスも少し反省した。あくまでも、少しであるが。
「じゃあどうすれば良かったのよ。わたくしは・・・“わたし”では、ゼノンと一緒にいられないし、今後神殿から出ることもかなわなくなるわ。それならいっそ出頭したほうが多少良くなるかもしれないじゃない」
その言葉に、オースティンは鼻で笑って一蹴した。
「良くなるわけがないだろう」
七年前にはなかった暗い色を瞳に宿した彼は、そのまま続けた。
「阿呆なやつらにいちいち餌をやる必要はない。いいか、お前は現在神々のもとから戻ったばかりで事情を把握できていないという設定になっている」
「設定・・・」
「その設定のまま、とにかく何も知らないフリをつらぬけ。神殿長ヨシュカ・ハーン殿がお前を手放すとは思えないが、あちらは現在においても危険であることは否めない。そこで我々の出番だ」
一国の王都を危険地区扱いしていることには誰も触れず、百合とバッカスは固唾をのんで次の言葉を待った。
「到着後、早々に我々ヴェステンの騎士には帰還命令が出されるはずだ。だが我々は戻らない。別働隊と合流し、盗賊に扮してお前を奪取する。別働隊が到着するのは我々より一日後だ」
「・・・あんた、騎士が奪取していいの」
あまりにも堂々と奪取と言われてしまい、百合は呆然と相手を見つめた。フェルディあたりから悪い影響でも受けているのだろうか。
「良くない。だから盗賊に扮する」
「いやだめでしょ。腐っても騎士なんでしょう?」
「腐っていない。あと、お前がすぐにヴェステンに戻ると面倒事が更に増えるので、しばらく別の場所で暮らしてもらうことになる。そうだな、十年ぐらい行って来い」
さらっと何を言っているのだろうか。頭は大丈夫だろうかと心配になったところで、バッカスが爽やかな笑みを浮かべてのたまった。
「護衛は用意してるし、住む屋敷も手配済みだよ!」
「わたくしが王都へ行くと決めたのは昨晩よ!?」
準備が良すぎて怖い。
「なにいってんの、もう何年も前から考えていたんだよ。とりあえずユーリが起きたら実行かなって。まさかゼノンといちゃいちゃしてるとは思わなかったけど、まあ賭けに勝ったからいいよね」
「・・・おい、それは聞いていないぞ」
「起きてすぐいちゃつくとか、ユーリは意外と品がないよね」
どうやら根に持っているらしいバッカスに、百合はムッとして答えた。
「なによ、わたくしだって人間よ。文句あるの」
「ちょっとまて、だから聞いていないぞ」
「あるよ。どうせいちゃつくならもっと盛大にやってよ! 賭けに勝ったのは僕っていっても、みんな信じてくれなかったんだよ!?」
「おい」
「わたくしとゼノンで賭け事なんてするからよ! だいたいね、盛大にやったらただの変態じゃない!?」
どんどんヒートアップしていく二人に、ついにオースティンが切れた。
「ええい、黙って座っていろ、二人とも!」
それは馬車の外まで響く怒声だった。何も知らない一部の者が、何故団長が怒っているのか分からず困惑し、今日も今日とて御者台に乗せられ意識を飛ばしていたプリーストが驚いて肩を震わせた。
「な、なんと恐ろしい男だ・・・」
事情を知っている者たちはその言葉に吹き出しそうになり、一生懸命こらえたため真顔となり余計プリーストの恐怖を誘ったのだった。




