お礼は倍返しが基本ですから
王都の神殿内で百合の自由はない。
基本的にはバッカスと二人セットで、しかも護衛と称した監視(とても屈強そうな男達だ)とともにすごさなければならない。監視は百合に二名、バッカスに一名ついた。
「ねえユーリ。これからどうするの?」
「困ったわね、ヴェステンを出てから神々の力が安定しないのよ」
「さっきからユーリの髪がふわふわしてるね。可愛いよ」
「わたくしが可愛いのは当然だけど、これは面倒だわ」
まるでパーマをかけたようにふわっとした髪を見てもバッカスは動じなかった。
「やっぱりあんな場所で七年も寝てた影響かなぁ?」
二人は音もなくついてくる監視役に目もくれず、案内役を任されたプリーストについて歩く。五分程歩いたところで部屋に案内された。
「プリーティアはこちらへ。バッカス様は隣の部屋をご用意いたしました」
とても質素な部屋にバッカスは一瞬笑みを消したが、すぐにまた口元に笑みを浮かべ、爽やかな表情で言った。
「僕はユーリと一緒じゃなきゃ眠れないんだ。悪いけど、毛布をこっちに持ってきてよ。ベッドは一つあれば十分だから。多少狭いけど我慢してあげるね」
言われたプリーストや、傍で聞いていた監視たちはぽかんと口をあけ、しばらくして誰ともなく咳払いを始めた。
「なに、ここは病気でも流行ってるの? やだあ、こっち来ないでね」
中々良い根性だと感心していた百合は、彼らを無視して部屋に入りベッドへ腰かけた。
「バッカス、足が疲れたわ。靴を脱がしてちょうだい。そこのあなた、毛布の追加はいらないわ。一枚あれば十分よ」
「そうだね、くっついて眠れば予備はいらないね」
「な、なりません! 年頃の男女が同衾などと!」
プリーストが怒鳴るのを聞きながらバッカスは音もなく百合の前に跪き優しく靴を脱がしていく。
「な、に、なにを、しているのです?」
「見て分かるでしょ? 脱がしてと言われたから脱がしたんだよ」
さも当然のように言うと、また音もなく立ち上がり、天使を思わせる優しい笑みを浮かべて言った。
「体を拭きたいから暖かいお湯と布を持ってきて。あとワインとグラス。ああ、グラスはもちろん二つ。つまみも忘れずにね」
顎が外れそうな程大きく口を開いてわなわな震えているプリーストは、今にも顔から火を噴きそうなほど赤く染まっている。
「ねえ、早くしてよ。僕、お腹が空いているんだ」
監視役の二人が羞恥と怒りで震えているプリーストをつかみどこかへ消えると、残りの監視役が肩身狭そうにきょろきょろとあたりを伺っている。狭い部屋に三人になったため、バッカスがバカにしたように鼻で笑い、腰に手をあてて続けた。
「あんた、何してるの? わざわざ部屋の中に居る必要ないよね? 邪魔だから出て行ってくれる?」
慌てた様子で扉の外へ走った後ろ姿に、バッカスもさすがに言い過ぎたかと思ったがこれも作戦なので仕方ないと己に言い聞かせる。
「ユーリ、ここから逃げないの?」
「今はまだその時ではないわ。遅れて出発したゼノンがこちらに到着するまであと早くても一日かかるし・・・それに、多分今はどんな手を使っても抜け出せないでしょう」
「ふうん。僕が居るのに?」
「だからこそよ。やっと手に入れたあなたを、ここの連中がそう簡単に手放すものですか。失敗はできないわ」
以前来た時はゼノンがいた。けれど今はユーリと、王都に慣れていないバッカスだけだ。
神殿に到着した途端、ヴェステンの騎士達とは離されてしまった。正式な予定では彼らは今、団長であるオースティン・ザイルと部下一名を残してヴェステンにとんぼ返りしているところだ。
「今夜、もう一度ヨシュカと話すわ。それまで休むから、あと適当にお願いね」
「はーい」
百合はそう言うと、恥じらいもなくワンピースを脱ぎ去って毛布をかぶった。
投げ飛ばされたそれを広いハンガーにかけたとき、叩きつけるようなノックとともに先程のプリーストが戻ってきた。
プリーストの手には赤ワインの瓶とグラス。監視役二人の手にはスープとパン、サラダに、固焼きのクッキーがあった。
「・・・・・・・・魚とか肉は」
「ございません」
「なんでクッキーなの」
「ここではこれが最上の甘味です」
しれっと言う監視役にバッカスが噛みついた。
「絶対失敗したやつだよね。黒いし明らかに固そうだけど!?」
「・・・いえ、これで完成品です」
どうやら多少の意趣返しのつもりらしい。
だが海賊たちに囲まれて育ったバッカスにしてみれば、なんの意味もない。だが、ちらちらとベッドへ向けられる視線に、更に苛ついた。
「・・へえ、じゃああんた食べてみてよ」
にやりと笑った彼はどこか人離れしていて、クッキーを持つ監視役が驚いて固まってしまう。
一枚それを手に取ると、バッカスは監視役の耳元で囁いた。
「ほら、あ~ん」
それはどこか熱を帯びており妖しげな声だった。監視役は無意識に口を開き、一枚丸ごと口の中に押し込まれる。
「ごっふぉ!! ゴエホッ! ゴホッ!」
ガリ、ゴリ、とクッキーとは思えない音が部屋に響く。他の男たちが顔色悪く固まった。
「最上の甘味、おいしかった?」
それはとても底冷えするような声だった。




