胃痛で死ぬ!
「・・・騎士団長殿」
「はい、プリースト」
痛ましげにオースティンが見た時には、ヨシュカは普段のように冷静な顔をしていた。
「ここの地下牢は老朽化しています。王城の地下牢につないでください。国王陛下にもお伝えしなければなりません」
「はっ」
「な、なに!? 私が何をした、この女は私の妻になるためにこの世界に落ちたのだろう! 私がこの女を手に入れて何が悪い! 神殿のものは全て私のものだ!」
喚き散らして唾を飛ばすモッペルにオースティンは思わず肘鉄を食らわせた。意識を失った男を、三人の新たにやってきた下級騎士が抱きかかえる。全員が顔をしかめた。
「・・・騎士団長殿、これは何の臭いですか」
「騎士団長殿、は、鼻が痛いです!」
「・・・騎士団長殿・・・腐った魚のような臭いがしますっ」
「おー。俺もそれに耐えたんだ。お前たちも頑張ってくれ、というかこのプリーティアが一番耐えてるから泣き言禁止な」
よくわかるよ、臭いよね。うんうん、と頷いてオースティンが美しい女を見上げた。
「湯あみの用意を。着替えたいわ」
やっと終わった、あー疲れた。と顔に書いてあった。
この女でもこんな顔をするのかと驚きつつ、しかし次の瞬間には冷めた目で睨まれて目をそらした。
「そういえば先程飲んだ紅茶は美味しかったわ。まだあるかしら」
「探しましょう。たくさんあるようならば土産に頂いていきましょう」
その後神殿の浴室を借りた二人は、宣言通り王都限定の超高級品茶葉を根こそぎ持って帰った。
オースティンは今日こそ胃痛で死ぬほどの思いをした経験はなかった。
昨日も足を運んだ王城。今日は更に奥の間、許された最低限の人間しか足を踏み入れることの出来ない特別な場所に何故、という思いで目の前に座る王を見やった。
目が合うと、人好きのする笑みを向けられてとっさに顔を俯ける。
高貴な身分の者と目を合わせるのは無礼な行為だ。
「西方騎士団団長、オースティン・ザイル」
「はっ!」
いきなり王に呼ばれ、オースティンはもう泣きたい気持ちでいっぱいだ。
「此度の件、そしてそなたが守る西方についてもすまなんだ」
「・・・・・・はっ」
「私の大切な民を守ってくれたことを感謝する」
西方騎士団団長として西を守るのは自分だという自負がある。例え王が動かなくても仕方がないと思っていた。
「オースティン・ザイル、これからも民のために頼む」
「はっ!」
オースティンは昔徹底的に教え込まれた王にのみ使う敬礼を心から行った。王は満足そうに笑った。
「時に、あの迷い人だが」
「はい」
あ、やっぱり彼女だよね。そうだよね、俺はついでだよね。
オースティンはちょっとだけ安心した。
「この王都に来るつもりはないだろうか」
「大変怒っておりますので、しばらくはそっとしておくのがよろしいかと。現在西方は彼女のおかげで持ち直しています。患者もまだいますし、彼女は帰るつもりかと」
「・・・そうだな。まあしばらくは」
国王という地位にいるだけはある、強引で傲慢な呟きだった。
数分後、石のように固まった空気をぶち壊したのは、悲しげな顔をしたヨシュカと、面倒くさいという態度の美しいプリーティアだった。ゼノンは居ないようで、珍しく一人で椅子に腰かけた。
流石王族が使うだけあって、ふわふわの生地のソファーと執事が淹れた紅茶に彼女の溜飲が下がる。
「さて美しい迷い人、いやプリーティア。そなたの本当の名は?」
「名で縛る魔法があると聞いたわ、それに今のわたくしはユーリと呼ばれているの。名前などそれで十分でしょう」
ふっと口元が笑う国王の顔に、美しい女は冷めた視線を向けた。
「わたくしは西のエメランティス神殿でおとなしく生きるから放っておいて」
「そなたのあまりの美しさに魅了され、神殿長が失職したのに放っておくことができると?」
「それについてはこれからじっくりそこの坊やとお話をする予定なの」
坊やと呼ばれたヨシュカは、それが己の事とは気付かずお茶を飲んでいる。気付いた二人は微妙な顔をした。
「そなたとそう変わらぬのでは? いや、そなたよりも年上だろう。ヨシュカはこう見えて26だ」
「26の若造など、坊やで十分ですわ」
え。と三人の声が重なった。
当の本人は爆弾発言をしたつもりはないので我関せずの態度で二杯目の紅茶を楽しんでいるが、微妙な空気になったことを悟った良くできる執事は、人の良い笑みを浮かべて四人にそれぞれ別の部屋を用意した。




