世界の、どこかへ
「バッカスったら、全然“わたし”の身体を見ても反応しなかったわ。あの子、男として大丈夫なのかしら?」
「・・・あなたの教育のたまものでは?」
「あと、ちょっとは遠慮しなさいよ。痛かったじゃない。こっちは久々だったのよ!?」
「むしろなんで処女じゃないんですか。遠慮は一応しましたよ」
ゼノンとしても久々だったので遠慮など出来るはずもない。むしろ無能でなかったことにホッとしているのだ。
「三十手前の女に処女求めるな。遠慮も足りないわよ!」
「しました。俺の本気はもっと酷いですよ」
「なにそれ怖い。てゆーか、なんでプロポーズしてくれないのよ」
「・・・して欲しいんですか」
なんだそのセリフは。可愛いじゃないか。
むずむずと、何か言いだしそうな口を無理やり閉じると、冷静を装って言った。
「プリーティアでは結婚できないでしょう」
「あんた、わたしともう会えなくていいの」
「俺には今この店があるので、浚うのも難しいんです」
「なんで浚うこと前提なのよ!」
「言っておきますが、フェルディなら絶対浚いますよ」
「だから、あんたたちってどうしてそうなの!」
「こういう俺が好きなんでしょう!?」
だんだん白熱してきたところで、下の階にいるバッカスから「うるさい!」と怒鳴られた。
「・・・考えましょう。一緒に。あなたを、俺が手に入れるために」
「一応言うけど、多分その時間はないわよ。神殿に戻ったらすぐに王都に向かうことが決まっているの。今度こそ逃げられないわ」
そしてもう二度と、ヴェステンには戻れないだろう。
「なら、神々に祈ってください」
「あんなのがわたしの願いを都合よく聞いてくれるとでも?」
絶対無理。と心底嫌そうに言えば、ゼノンも激しく同意した。だが口には出さない。
そもそも神々相手にあんなの扱いは如何なものか。
「・・・なら、逃げますか」
ぽつりと零れた言葉は、どこか熱を帯びていた。
ああそうか、俺はこの女と逃げたいのだ。店は軌道に乗り、とても充実した毎日を送っているくせに。生きてきた中で今が一番平和なくせに。
それでも惚れた女が手に入らないなら、こんな生活はいらないのだ。
「・・・どこに?」
「とりあえず世界中の、どこかに」
「・・・どうやって?」
「徒歩でも馬でも、なんなら元海賊から船でも奪取しますか?」
言葉に迷いがなくなったのを確認すると、百合はふっと笑みを漏らした。
「悪くないわね」
それはとても嬉しそうで、けれど泣き出しそうな顔だった。




