構ってもらえないのがつらかったの!
人間は怒ると、泣く、怒鳴る、押し黙る、または笑うという行動を取る。
バッカスは笑うタイプだった。これはむしろフェルディ・イグナーツの影響を強く受けていると思われる。
そう、彼は今、大変怒っていた。
「朝、来るって言ったよね?」
眼前には乱れたベッドの中で爆睡する二人。裏口から堂々とピッキングして侵入したバッカスは(合鍵は貰っていない)、一糸まとわぬ姿の二人を見て口元を引きつらせた。
そもそも今朝はきちんと正面から入るつもりだったのだ。普段のゼノンならばこの時間必ず起きていて、気配に気づいて声をかける前に開けてくれる。だのに今日はいつまで経っても扉は開かず、嫌な予感を覚えて裏に回った。
裏口も当然鍵がかかっていたが、ガルテリオ達にピッキングを習っていたバッカスは、わずか数十秒で解除してしまった。
そして勝手知ったる我が家のようにゼノンの部屋を目指し、見てしまった。
というか百合はプリーティアなのに男に抱かれていいのかとか、二人はやっぱりそうだったのかとか、まさか一晩中やってたの? とか。
でも一番気に入らなかったのは、バッカスに気付かなかったことだ。
ふてくされた彼は遠慮なく二人の毛布を引きはがした。
非常に残念なことに、バッカスは百合の裸体になんの興味もない。むしろゼノンの古傷だらけの身体の方が気になってしまった。
どれだけの死闘を生き抜いてきたのだろうか、その一つ一つが、今の彼を作っている。
「バッカス」
かすれた声で呼ばれて顔を上げると、苦笑したゼノンと目があった。
「安心してください。一応避妊はしていますし、あと、寒いので毛布を返してください。この人はきっとまだ起きません」
「・・・我慢できなかったの」
「出来るわけないじゃないですか。大体、俺に据え膳寄越したのはあなたですよ」
むう。と口をとがらせて、でも、と思い直した。
「賭けに勝ったかな?」
七年前の賭けだ。
「・・・プロポーズはしませんよ」
「なんで?」
「プリーティア相手にプロポーズしてどうするんですか」
「セックスしたんでしょ? いっしょじゃん。それに、フェルディに鷹便出したからすぐにこっちに向かってくると思うけど・・・今度こそ取られちゃうよ?」
きょとんと目を瞬かせたバッカスに、一瞬殺意が湧いたのは秘密だ。
「ほら、毛布は返してあげるよ。僕はしばらく店の方で勝手にごはん食べてるから、ちゃんと後で下りてきてよね」
そう言って、思い切り毛布を投げつけられた。ドタドタとわざと大きな足音を立てて部屋を出て行ったバッカスに向かい、ゼノンは小さく呟いた。
「少しは遠慮をしてください」
「まったくだわ」
腕の中から声がして、ギョッと目を見開くと、黒曜石の瞳とかちあった。




