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麗しのプリーティア  作者: aー
第四章
172/203

目覚め


 花の香りが鼻孔をくすぐる。わずかに持ち上げた瞼の先には、色とりどりの花々が咲き乱れ、美しい景色が広がっていた。

 知っている景色だ。心地良い風が己を包む。

 ここは、居てはいけない場所なのに寝入ってしまった。

ふう、とわざとらしいため息をついて、百合は体を動かした。驚くほど体が軽い。ふと横を見ると、髪が伸びているように見えた。いや、伸びている。エリオン王国に向かう前に、売るために切ったはずの髪が元通りになっている。

 一瞬三本の角を持つ神の仕業かとも思ったが、いやそれ以上に嫌な予感がした。

 いやいやそんな馬鹿なと首をふり、一歩、また一歩踏み出す。

 その時、不意に人影に気付いた。勢いをつけて振り向けば、騎士団のシルエット。

 はて、なんだこの男はと首を傾げた。

「・・・プリーティア、目覚めたのか」

 聞き覚えのある声だ。だがこんなに低かっただろうか。

「・・・どうした、プリーティア」

 西方騎士団団長オースティン・ザイルのように見えた。

 きらきらと太陽に反射していた金髪は少しくすみ、エメラルドの瞳は以前よりも深い緑の色をしていた。

 なによりも、黙っていてもあふれ出る残念感がまったくない。

「あなたは?」

「・・・寝ぼけているのか?」

「オースティン・ザイルが老けた様にみえるわ」

「当然だろう。あれから七年も経っているのだぞ」

 は?

「驚くのも無理はない。だが、我々も待ちくたびれた。さっさと出てこい」

「・・・七年?」

「正直、お前の寝汚さには辟易した。さっさと出ろ」

 彼はこんなに口が悪かっただろうか。

 また首を傾げて観察すると、オースティンは片眉を跳ね上げた。

「仕方がないから出口まで案内してやる。まだ寝ぼけているようだからな」

 スッと差し出された手はささくれ、歴戦の猛者のようだった。百合は特に考えずその手を握り返す。

 口は悪いが優しいのは昔のままだ。ゆっくりと歩き出した彼は、百合の足元を気にしているようだった。

「七年?」

 もう一度問うと、彼はとても静かな声で「長かった」と呟いた。




 何年も待つ間、王都の神殿の使者は三人ほど変わった。人物が変わっても使命は変わらない。

 七年前の災害で、百合がどのように行動したのかを審議し、必要ならば王都で裁判にかける必要があるとした。王都は未だに百合を連行したがっており、それを隠すつもりもないようだった。

 カチャリ。カップが音を立てた。赤く色づいた茶がふわりとゆれる。

「それで、プリーティア。何故わたくしがこちらにいるのか、もうお分かりですね?」

「存じ上げないわ」

 神殿の中はとても静かで、いつの間にか神殿長も代替わりしていた。

 百合を隠させないために、王都の神殿の者たちがはたらきかけた結果、以前の神殿長は北に飛ばされたのだ。

 オースティンいわく、毎日賭け事に勤しんでいるらしい。

 今、神殿内に百合の見方をできるものは限りなく少なかった。

「・・・あなたの行動は神殿に大きな影響を与えました」

 黒曜石の瞳は興味がないように部屋のどこかを見ている。

「あなたが勝手に国外に出たことは、神殿に対して、いや、国に対する裏切りですぞ」

 齢四十程のプリーストが苦々しい顔で言うが、百合はどこふく風だ。

 白い指先がついと動けば、プリーストはつられてそちらを見る。品よくカップを持ち上げると、形の良い唇が僅かに開いた。

「何を仰っているのかわかりかねますわ」

 こくん、と彼女は茶を飲み下した。香りも味もまあまあだ。

「ところで、わたくしのゼノンはどこに? 今はいつですの?」

「は?」

「わたくしは長いこと眠っていたと騎士団長に伺いましたわ。でも、いつ眠ったのかも覚えておりませんの」

 プリーストは目を大きく見開き、慌てた様子で部屋を出て行った。

「まあ、せわしない方だこと」

 くすりと笑う様子を見ていたものはいなかった。



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