活き活きしてるフェルディが怖い
一瞬だけ現実を忘れた百合だが、足元に転がる複数の黒ずくめを見て眉を顰めた。
「あ、まだ生きているから、それ以上は近づかないで。そっちの女性は僕が預かるよ」
するっと縄を奪い取ると、弾んだ声で「ありがとう」と言った。大変不気味である。
「久しぶりね、フェルディ」
百合がなんとかそれだけ言えば、彼は労わるように優しく目を細めた。
「会いたかった、でも挨拶はあとだね」
そう言い、近くにいた部下たちに女を放り投げた。
「わわっ、頭、ダメじゃないですか。うっかり殺しちまったらどうすんですか!」
「あ、ごめんね、つい」
ついじゃない、と至る所から突っ込みを頂き、フェルディはわざとらしくため息をつく。
「彼らにはちょっとお仕置きをしてから、また上に連れて行くから安心して。もう災害は起こらないと思うけど、一応セスに確認してもらってる。時間がかかるみたいだから、先に上に戻っていてくれる?」
まるで子どもに言い聞かせるように優しく言うと、彼はすっと背を向けた。この先は見るなとでも言っているようで、百合はその心遣いに甘えた。
「ありがとう」
小さく礼を言えば、わずかに頷いた気配があった。それを確認し部屋を出ると、慌てたような足音が追ってきた。
「お供します」
「必要ないわ。フェルディたちを手伝いなさい」
いつか見た王立騎士の一人だ。一番小さい男だが、百合よりは背が高いし、真面目そうな雰囲気をよく覚えていた。
「いえ、私の任務の一つですから」
彼は決して譲らないという態度で後をついてきた。
「単刀直入に問います」
男が口を開いたのは、王座の間に戻った時だった。ほかの人間はいない。
「・・・」
「これからどうするおつもりですか」
「・・・」
「この一件は解決されました。ですから、あなたはこれから我が国の王都へ向かい、審議を受けることとなります」
「・・・そうねえ」
けだるげに言えば、男が軽く咳払いした。
「あのゼノンという男は危険です。あの男が戻ってくる前に、あなたはここを出てください。私が必ず王都へお連れします」
そういうつもりだったのかと驚いて振り返れば、若草色の瞳とかちあった。
「・・・わたくし、ずっと考えていたの」
「はい」
「神殿にいても、わたくしの安全は保障されず、また平穏な日々も遠い」
それはお前だけだと男は思ったが、確かに彼女の平穏はどこにいても遠いだろう。
「王都に行けば、さらに遠のく気がするのよ」
「ではどうしますか。あのゼノンという男についていくつもりですか?」
責めるような視線だ。百合が知らない間に、ゼノンと何かあったのだろうか。考えてもわからないことなので無視した。
「・・・神殿に戻るわ。まずは神々へ報告をしなければならないの。わたくしが神殿から出るかどうかは、わたくしの一存では決められない」
もし百合が本気で臨めば神々は許すだろうが、人間は許さない。特に王都で権力を持つものたちは、決して彼女を逃がさないだろう。
さてどうしたものか。ずっと考えてきて、今に至っても答えが出ない。
「もし、あのゼノンという男が神殿に戻ることができたらどうしますか。一緒に戻るんですか」
「・・・神殿には戻れないわ。一度破門されたら二度目はないの。ただ、今回の功績をかんがみて、過去の密入国の件などは水に流してくれるかもしれないし、褒賞も出るかもしれない。だけど彼はそんなものに固執しない」
ゼノンとの現在の関係は言葉にできない何かだ。従者でもなければ運命共同体でもない。彼がどこまで望んでいるのかもわからない。
「あなたはプリーティアとして世界を救ったのではないのですか」
「この世界はまだ救われていないわ、だって人々の生活はもとにもどっていない。錬金術師たちの実験は止めたけれど、受けた被害はそのままなのよ。救ったなんて言えないわ」
「戯言抜きで考えてください」
なぜこの男はこんなにもイラついているのだろうか、百合は不審に思い男をまじまじと見つめた。
「あなた、どうしてそうわたくしを責めるの」
「あなたのせいで我々は苦境に立たされました。このままあなたを連れて王都に戻れなければ、騎士としての功績も、今までの努力も全て水の泡です。あなたは確かにこの世界のために動いてくれた。けれど、足元にいる我々のことは存在ごと考えていないでしょう。グライフ・ハロ隊長が、どれだけ己を責め、あなたを案じていたと思っているのですか。いい加減にしてください」
グライフ・ハロなる人物が誰だったかしばらく思い出せなかったが、確か鼻血を出して倒れた青年がそんな名前だったような気がすると頭の隅で考えた。
「・・・いい加減にしろと言われても、勝手に西までやってきたのはあなたたちでしょう? 守ってもらいたいなんて言っていないし、あなたたちはわたくしやバッカスを犯人だと思っていたじゃない。それでどうしてあなたたちの事情を考慮しないといけないのよ」
この時、二人はとても疲れていた。駄目だとわかっていても、二人は言葉を止められなかったのだ。




