阿鼻叫喚
閲覧注意です、グロめ。
はじめにやられたのは兵士たちだった。大きな槍を簡単に手放すと、一人は口元を抑えて蹲り、一人は呆然と口を開け目の前の地獄をただ見ていた。一人は口をなんども動かしたが言葉が出ず、かわりに涙を溢れさせて嘆いた。他にも兵たちはいたが、皆がそのようになってしまった。
百合は言葉もなく状況を受け止め、次にどう行動するべきか考えた。
白き神と名乗るメアリー・ブリアンナは簡単に捕縛で来た。そもそも彼女に戦闘能力はない。縄で荒々しく繋がれた彼女は惨状から目を逸らしている。そこには悔しさや憎さという感情すら浮かんでいない。
黒曜石の瞳が、ついと向けられる。
阿鼻叫喚の世界で、女はそれでも目を逸らしている。メアリーを縛る縄を持つ男はすでに手を離し、逃げようと思えばいつでも逃げられる状況だったにも関わらず、彼女が逃げる素振はなかった。
逃げる気など、はなからないのだろう。
「気分はどうです、白きものよ」
「・・・」
城の地下に造られたそこは、もともと聖堂として王族に重宝されていた。門外不出の資料も、併設された小さな図書室にしまわれていたが、現在は全てなくなり、代わりに大きな丸いタンクのようなものが十個。一つだけでも、大柄な大人が五人はかるく入りそうなサイズだ。色は灰色や青など様々で、それぞれ何か文字が書いてあるようだったが百合には読めなかった。
地下に降りてすぐの右側には簡易ベッドが四台。どのベッドにも鎖があり、あたりには変色した血の跡が見えた。ベッドから少し離れた先には大量の衣服や装飾品。セスがいうには、これらはあとで使い道があるから残しているのではないかということだ。
奥へ目をやれば鉄の扉が開け放たれていた。扉の先には数名の怒鳴り声。聞き覚えがあるので王都の騎士たちが暴れているのだろう。
今度は左へと視線を向けた。ガラスのついた棚がいくつか並んでいる。中には色とりどりの石が均一に並べられ、更に試験管や様々な器具は、なぜか無造作に置かれていた。
その先には植物。壁にびっしりと緑の葉や青い花があり、その花には見覚えがあった。そしてその花から少し離れたところに巨大なモニターが三枚。
これだけの技術がこの世界に存在していたことに驚いたが、更に驚いたのは何かに穴をあけるための機材や、溶接するための機材が揃っていることだ。
そして彼女はまたタンクに目をやった。
タンクは地上から二十センチ程浮かして存在している。上から釣り上げているようだが、その地面には見慣れない模様が描かれていた。
大きな模様だ。こんなものを描くためにはどれだけの時間がかかったのだろう。まるでアニメに出てくる魔法陣のようだと思った。
人々の怒号と阿鼻叫喚が思考力を奪う中、それ以上に生き物が焼ける臭いと、腐り落ちる音が衝撃だった。
百合は神々の加護を受けているので、臭いはわからなかった。便利な力だ。だが、ぐちゃっと鈍い音がしてそちらをみると、黒い塊がうごめいていた。
びちゃっ、ぐちゃっ、と音をたて続けている。時折人のうめくような声も届いた。
その物体が何か考えることを放棄して、百合はもう一度女を見やった。
目は、あいている。胸元も正常に動いている。けれど心がここにない。見ているようで何も見ていない女。
その無責任な態度に腹が立った。
百合たちを囲んでいた兵士たちはもう使えない。誰もが目の前の現実を受け入れきれないのだ。
「ユーリ、これは現在停止している。稼働させていた錬金術師たちはあの奥だ!」
セスが叫べば百合は小さく頷くと縄を拾い、女を立たせる。
何か言おうと思ったが言葉が見つからなかったので、強引に、引きずるように女を進ませた。
ふいに老婆のために手折った花の香りを思いだし、歯を食いしばる。泣いてはいけない。うごめく何かの存在は、気にしてはいけない。
今必要なのはこの場を終息させることだ。
「やあ、迎えに行けなくて悪かったね」
進んだ先に居たのは、返り血を浴びたフェルディ。とてもいい笑顔だった。




