正論は無駄な努力
時は少し遡る。
ガルテリオと騎士、フェルディとセスはそれぞれ城内をくまなく探り、ゼノンと元部下たちは城下へ出て百合たちと合流を果たした。
「かつらは、どうしましたか」
ゼノンの絶対零度の視線が突き刺さり、百合はむっとして押し黙った。
街に入ったまでは良かったのだ。問題はその先だった。何故か百合たち一行は街の人々に囲まれ、外の状況をしつこく聞かれた。
誰もが壁の外を恐れて出られなかったが、壁の外に生きる友人や親族たちを心配していたのだ。もみくちゃにされた百合は、あっけなくかつらが取れ、見慣れない黒髪を人々にさらしてしまった。
衝撃を受けた様に静まり返る人々。痛い程の静寂。しばらくして、誰かが言った。
「黒い神さまだ」
「白い神さまを倒しに来た」
口々に言うと、彼らは膝を折った。
「黒き神よ、どうか我らをお助け下さい」
「黒き神よ、どうか我らをお救い下さい」
頭が痛くなる思いだったが、ある意味これは好機だ。百合はこれを利用することにした。
「わたくしは神々ではありません。けれど、神々より遣わされました」
優雅に微笑む姿は、どう見てもただの街娘には見えない優雅さがあった。身につけたワンピースは質素でありふれたものだが、それをものともしない洗練された空気を身にまとっていた。
「わたくしはこの世界を救うために来たのです。今、世界は嘆き悲しんでいる。この先の白きものは、あってはならぬ悪です」
かなり誇張が入っているが、人々の心は簡単に掌握で来た。
「わたしの息子が城から戻らないのです」
「わしの孫も城からもどらないんです」
「家族が心配です」
「街の外のいとこたちはどうなったんですか」
「助けて下さい、今はなんとか食べるものもギリギリありますが、もうもたないのです」
我先にと助けを求める声に、百合はおっとりとほほ笑んだ。
「もうすぐ事態は大きく変わるでしょう。わたくしはあの城にいる白きものと話がしたい。どうにかできますか?」
それには近くにいた大柄な男が答えた。左足に大きな包帯をして、杖を突いた若い男だ。
「城の兵に知り合いがいます。手引きさせましょう」
すがるような目で、百合を見つめていた。
「頼みます」
そうして百合たちは協力者を得たのだった。
という話をすれば、案の定ゼノンが深い、それは深いため息をついた。
「どうしてあなたは大人しくしていられないのですか。新たな神が現れたと城内ではすでに噂になっていますよ」
「いやだわゼノン、わたくしは普通にしていただけよ。それに、わたくしは神であることを否定したわ。勝手にそう言っているのは街の人々よ」
こんな状況なのにソファで足を組んでいる姿を見れば、誰だって只人とは思うまい。ゼノンはまたため息をつきそうになり、根性でそれを飲み込んだ。
百合相手に正論は無駄な努力というものだ。
「それで、この状況ですか」
街の人々の好意で、百合たち一行は比較的大きな屋敷に匿われることとなった。現在は情勢がかなり頻拍しているはずなのに、十分な食料と衣服まで用意されていた。
「城へ乗り込むのは三日後以降になりそうよ。みんなにもそう伝えてちょうだい」
優雅にカップを傾ける姿にあせりはない。
「・・・バッカスの精神がそろそろ限界です。彼の傍には王立騎士団のメンバーもいますが、本気で城に乗りこむつもりですか?」
「あら、そういえばそんなのもいたわね。そうねえ、バッカスは心配だわ」
空になったカップを興味なさげにひらひら揺らすと、何かに気付いた様に立ち上がった。
「ところで、彼ら・・・わたくしが来ていることは」
「もちろんご存知です」
ちっと盛大な舌打ちが響いた。
さて、そんな百合とゼノンは、三日後城に乗り込むことになるのだが、それまでは地道に情報収集を望んだゼノンが、自らの遺志で百合のもとを離れたのだった。




