黒曜石の瞳
神殿に入ると、ある意味で強制的に加護と呼ばれるものを授かる。
それは人によっては、自然治癒力をわずかに高める能力だったり、初対面の相手に警戒されないというもの、眠れない人には安らかな眠りを与えるものまで様々だ。
もともと、プリーティアやプリーストは格好で判断されるので、加護というものに大した価値はなかったが、ある一点だけ、彼らが心底恐れるものがあった。
一度加護を与えられた人間が、今度は加護を取り上げられた時。二度と神殿には足を踏み入れることが出来なくなるのだ。
神殿は神々が座す場所。敬虔な信徒たちにとってそれは地獄のようなものである。
そして現在ゼノンはその状態だ。といっても本人はけろりとしており、全く気にした様子がない。もともと敬虔な信徒というわけでもないので、さてこれからどうするかな、ぐらいに思っている。
しかし百合は今のところ、まだプリーティアとしての立場をはく奪されていないため、互いが会いたいと願った時は、百合が神殿の外に出るしかない。
「わたくしは、あなたに会いたいのかしら」
ぽつりと零れ落ちた言葉は、誰にも拾われることもなく。
「それで、あなたが新しい神だと?」
氷のように冷たい声に意識を前に戻した。
百合の目の前には白い髪の女が鎮座している。豊満な胸元をこれでもかと見せつけ、わずかに反り返った姿はさまになっている。赤い唇は三日月のように弧を描き、黄金に輝く瞳は獣の王者をイメージさせた。
女からは芳醇な花の香り。だがそれは、まぎれもなく人工的な香りだった。
「いいえ、白きモノよ。わたくしは神々より遣わされたもの」
女の米神がぴくりと動く。しかし笑みを絶やすことはない、まるで仮面のようだ。よく訓練された表情は、どの角度から見せれば美しいか細部まで計算されつくしている。
こういった技術はマネしようにも出来ない技だ。
生まれは貴族。それも人に見られることを自然と意識できるほど、かしずかれてきた女だろう。百合はそう考えて、ふっと口元に笑みを浮かべた。
少し前、フェルディとガルテリオが独自に調べた情報に、この女に類似した人物の事が書かれていた。彼らの情報網にはいつも驚かされる。
「わたくしが神よ。他の神の事など知らないわ」
確かに、女は神々しかった。街の惨状などまったく知らぬような顔で、豪奢な衣装を身にまとい、堂々と座っているのだ。いたずらに人々を困らせる神そのもの。
しかし、
「神・・・ね?」
くすっと鈴が転がるような、軽やかな笑いに誰もが固唾をのんだ。
地味な衣装を身にまとい、だがその存在感は白い神よりも圧倒的だった。なによりも余裕が感じられた。
「わたくしのお仕えしている神々から伝言です。お前たちの国がどうなろうが知った事ではありませんが、これ以上われらの国を害するようならば、未来永劫の苦しみが訪れるでしょう。今すぐ愚かな実験をおやめなさい」
ごくり、と喉を嚥下させたのは誰か。
百合の傍には、彼女に付き従う様に男たちが立っていた。もともと城を警備する兵士たちだ。背は低いが厚い胸板が力強さを見せていた。
今は所在なさげに槍を持って立っているだけだ。
「何を言っているのかしら?」




