アルバーナ商会
アルバニアの用意した精鋭部隊は非常に優秀だった。
無駄口を叩くこともなく黙々と行動する彼等は、しかし完璧な騎士の集団だった。
身なりは行商に扮し一見くだけた口調で喋っているが、常に百合の意志を確認して動いていた。これは百合がアルバニアの大切な友人であるから、帰還するまでは百合の指示に従うよう命が下されていた。
「お嬢様、もうすぐ国境です。ここを超えたら酷い揺れが来ますので、必ず何かに捕まってください」
そういう風に喋るのは、国境付近に陣を張る他国の人間を欺くためだ。
百合は茶髪のかつらをかぶり、少し華やかなワンピースを身に着け頷いた。
「ええ、わかったわ」
国境では兵たちが小さな体に大きい槍や剣を持って通行人を確認している。
「ごきげんよう。わたしはアルバーナ商会のリリーナです。お水を買いに参りましたの」
にっこりと国境を守る兵に笑いかければ、どこか不審な顔で睨まれた。
「お嬢ちゃんが、わざわざ?」
「あら、これでもわたし、将来はアルバーナ商会を率いる大商人になりますのよ。お父様とお兄様が王都に水を買いに行きましたけど、ちっとも帰ってこないから、わたしが代わりに他国へ買いに行くことにしましたの」
「やめときな。あんたじゃすぐ、おっちんじまう」
言葉に品がないが、心配していることは垂れ下がった目を見ればわかる。だから百合はそっと馬車を下りて、兵に詰め寄ったのだ。
「お、お嬢様!」
業者に扮した兵が慌てて呼び止めるが百合はまるで聞こえないように歩いた。
「わたしは、みんなに水を届けたいの。もう一刻の猶予もありません。今、わたしにできることをするだけよ。ここを通して」
その強い瞳に、兵はごくりと喉を嚥下して一歩下がった。二人の身長差はほぼない。だがどうしてか、この娘がとても大きな獣のように見えた。
飢えた獣だ。下手に動くと喉をかみ切られる。そんなイメージが浮かび、更に一歩下がる。
「お願い、ここを通して。わたしたちの命の責任は、わたしたちでちゃんと取る。心配してくれるのは嬉しいけど、もうそんなこと言ってられないの。道を、開けて」
国境の警備兵を務めていた男たちは顔を見合わせ、一応身分証明を確認して一行を中に通した。
敵対国会ではないので、規定の証明書があればすんなり通してくれた。
「気を付けて行け、ここから先は・・・地獄だ」
その声はとても悲しそうで、生まれ育った国の現状を、彼らがどう思っているのかよくわかる声だった。
「ありがとう」
百合は小さな声で返した。
数分後、地獄と言ったのは誇張ではなかった。大きな地鳴りが続き、馬車で進むことが難しくなってきた。
三頭連れている馬のうち、一頭を馬車から離しゼノンがまたがる。
「先に行きます、後で合流してください」
「わかったわ。よろしくね」
「・・・ええ」
ゼノンにはもう神殿の加護はない。あとは彼の実力が全てだ。本当は行かせたくなかった。
だが、今現在最も信用できる武器はゼノンそのものだ。彼に先行してもらい、合流の手筈を整える。百合も同行すると言ったが足手まといだと断られた。
ゼノンはわずかな間、百合を見つめた。そこにはなんの感情も見えなかった。
「ユーリ様、よろしいのですか? あの方おひとりでは危険です」
「ゼノンには今、神殿の加護がついていないの。でも、きっと彼なら大丈夫。ここまでついて来たんですもの。最後まで見届けるつもりなんだと思う」
「ですが、いくらなんでも・・・」
「大丈夫よ。確かに神殿から与えられた加護は失われた。でも、彼にはもう一つの加護がある」
三本の角を持つ神の姿を思い浮かべ、百合は表情を引き締めた。
「さあ、わたくしたちも参りましょう。全ての元凶のもとへ」
それはとても力強い声をしていた。




