彼の名は・・・変態!
「バッカス坊やはみたことがないのかい?」
小馬鹿にしたような口調なのはリュメル・ラントユンカー。バッカスが逃げれば逃げるほど追いかけていく、騎士たち=変態の構図を作った張本人だ。
バッカスは、彼が喋ると口を閉ざしてしまった。嫌そうに思い切り眉をひそめている。
「・・・そういえば気になっていた。バッカスは神々の姿を見たことがあるのか?」
嫌な空気になりかけた時、セスがふいに問うた。彼なりに空気を変えたかったのだろう。
「声を聞いたことならあるよ、でも一回だけ。姿は見てない。それに、あの神殿にいる神さまたちはね、会わない方が良いってユーリが言ったから」
バッカスは初めて己の檻の中に閉じこもった時、一度だけ声を聞いた。それは不思議な声で、頭の中で直接響いてきた。
ただ一言、加護を与えようと言われただけだ。それが神の声だと知ったのは、その話を百合にした時だった。
彼女はしばらく考えて、守ってもらえたんだねとやさしく笑ってくれた。
その優しさが正しい形であるとは、バッカスにはわからないが、良かったねと肩を叩いてくれたのが嬉しかった。
「どうしてだ?」
「あの部屋の神さまたちは、人が関わっちゃ駄目だって。少しでも気を許せば戻ってこれなくなるって」
「危険な場所なのかい?」
今度はフェルディが心配そうに言った。
「うーん・・・あのね、僕の檻の中みたいな感じなんだって。全てが美しいまま止まってしまうから、外に出られないって」
経験したことのない男達は皆一様に黙ってしまった。
「神々は人に危害を加えたりするだろうか?」
「どうかな。神さまはね、人間に興味があまりないんだって。でも、人間は面白いから時々見てるって。神は人間にとって便利な存在じゃないし、優しくもない。気まぐれに過ごしているから、時々人を助けることはあっても、人間の心まで理解できないみたいだってユーリが言ってた」
崇めるのは自由だ。だが共存はできない。それが、百合の目にうつる神々の姿。
「ユーリは、気まぐれに巻き込まれてこの世界に落とされたんだ。僕も一緒。でも、僕らは決してこの世界を憎んでいないよ。嫌な奴もいっぱいいるし、辛いこともあったし、もう二度と家族に会えないけど、僕はこの世界が嫌いじゃない。それはユーリもだ。ユーリは不器用な人だから、一見クールに見えるけど、本当は普通の女の人だよ。だけど、だからこそきっと、この現状を変えてくれる。ユーリだから出来ることが絶対にあるはずなんだ」
力強い言葉に、セスもフェルディも頷いた。
ただ一人、グライフだけが沈痛な面持ちで呟く。
「何故、彼女ばかりそんなことをしなければならないのですか。俗世に関わりたくない、つまりこの世界に関わりたくないから神殿に入ったのではないのですか」
それはどこか、責める様な口調だった。誰を責めているのか、彼自身にもわからなかった。




