決意を秘めた瞳
迷い人バッカス・メイフィールドが国外に出たことは瞬く間に知れ渡った。
王都ではセスに対する厳正な処罰を求める声も広がっているが、それ以上に未だ行方がわからない百合についての情報も飛び交っていた。
ある商人が、貴族御用達の仕立屋に黒髪で作ったウィッグを売ったのがきっかけで彼女の安否が心配されたのだ。ウィッグと言っても子供用だ。短い量しか売ってもらえなかったと商人は言った。
売ったのは金髪の若い男で、身長は百七十くらいしかなく、口調は粗野だったと。
だがこれは商人の嘘だった。百合は自分から商人の目の前で髪を切り売ったのだ。
商人は熱心な信徒だった。今あなたの助けが必要だ。自分たちは恐ろしい人たちに狙われていて身を隠さなければならない。これは王都の神殿長ヨシュカ・ハーンしか知らないことだ。どうか助けて欲しい。
噂に聞いた麗しのプリーティアに救いを求められた商人は、一も二もなく頷いた。
その時触れた彼女の手はとても冷たくて凍えていたようなので、金銭には色を付け、おまけと言ってわずかな食料と毛布を与えた。
美しいプリーティアは商人のために感謝の歌を捧げ去って行った。
商人が嘘をついたのにはもう一つ理由がある。
現在王都では麗しのプリーティアを盲信する怪しげな集団が血眼に彼女を探していると、街の人々が怯えていた。それを先導しているのが他のプリーティアというのだから神殿も信用できない。
商人は、己が彼女たちの役に立たなければと、かばったのだった。
さてそんなことになっているとは知らない百合は、そんなにことになっていると知っているけれど興味がないゼノンとともに街を歩いていた。
しばらく歩くと、フェルディと初めて出会った崖に立つ。潮風が雪とともに二人を包んだ。頬が痛いほど寒い。
「この先に白い神がいるのよねえ」
「ダメです。流石に国を出ることはお勧めしません」
わかっているわと、淡々と答えた百合にゼノンは眉を顰める。
「わかっているのでしたら、今すぐ船の準備をやめなさい」
「あら、知っていたの」
「この俺が気付かないとでも? ジャコモ副団長と船を用意しているのは知っているのですよ」
目ざとい男ねと頬を膨らませる百合に、ゼノンが厳しい目を向けた。
「お一人で行かれるつもりか」
「あなたは危ないと言って、ついてこないでしょう?」
「・・・あなたが、危険なんです。俺はどこでも生きていけます」
それは百合も知っていたが、わざと誤魔化した。
「この雪は、原因を止めない限り降り続くわ。このままでは小さな神々から人間まで様々なモノが命を落とします。私は、他の国なんてどうでもいいけれど、この国で生きると決めたからこの国は守りたいの」
「あなたが白き神とやり合うことに意味があるとでも?」
あるわ。
小さくて静かな声なのに、何故かゼノンにははっきりと届いた。
「私だから、意味はあるのよ」
それはどこか決意を秘めたような瞳だった。




