そしてとても嫌な気持ちだ
ガゾラに入ったのは四日前の事だった。
エリオン王国のアルバニアのもとを離れてはや十三日。ガゾラに入った途端酷い地響きに悩まされながら、それでも足を進め続けた。長身の男たちに肩に担がれたことも良い思い出だ。
そんなバッカスは現在とても不機嫌である。
「お前が怒っているところを見るのは初めてだ」
与えられた部屋は、以前は高位貴族が使っていたと思われる豪華な物だった。寝室が二つ、使用人部屋が一つ、浴室が二つ、リビングが二つ、トイレに至っては三つもある。無駄に広く美しいが、しばらく誰の手も加えられていないせいか所々に汚れが目立った。
もしかしたら王族の誰かの部屋だったのかもしれない。とにかく、バッカスとセスたちの一行はこの部屋を与えられた。
長身の男たちが部屋中をくまなく調べているのは、危険物の有無と盗聴を心配しての事だろう。盗聴の件はセスも手伝って調べたが、今のところその気配はない。
「どうしたんだ、バッカス。神とやらに苛められたのかい?」
フェルディが持参したお茶の葉を用意しながら、心配を隠さず問うた。
「あの人嫌い」
バッカスはむすっとしたまま、ふかふかだが埃っぽいソファに腰かけた。
セスとフェルディが顔を見合わせ、同じ方向に首を傾げる。
「博愛主義者の君にしては珍しいね。女性には優しくがモットーだろう?」
「何があった」
セスがそっとバッカスの肩に手をおいた。
「絶対性格悪い。さして美人でもないのに自信満々でばかみたい。てゆーか、うちのユーリの方が何倍もいいし」
男たちが揃って動きを止めた。
「そうだね、彼女はとても素敵だよ」
「いや、今のは肯定するところじゃないだろう」
少し引き気味なセスが小さな声で言えば、フェルディが真顔で言い返した。
「セス、彼はきっと慣れない長旅で疲れているんだ。ここは優しくしてあげよう」
「だからといって、言っていいことと悪いことがある。きちんと教えないと・・・」
「彼はきっと肯定して欲しいだけだ」
「いや、でも女性に対してばかとか美人じゃないとか、万が一ユーリに聞かれたらどんな目に・・・」
「大丈夫。ここに彼女は居ないし、居たとしても多分頷いてる」
そんな会話をしていたら、少し離れたところで様子を見守っていた長身の男たちが口を開いた。
「そんな情けない話をしていないで、いい加減次の手を考えませんかね」
「女なんて抱けば誰でも一緒ですよ。美人もブスもないです」
部屋の温度が二度下がった気がした。
バッカスの手は燃えるように熱かった。強く引かれたわけではないのに赤く痕が残ってしまった。
「なんなの、あの子どもは!」
誰も来ない王座の間で、メアリーは低くうめく。もうバッカスの手が離れて数十分は経っているのに、赤い痕が未だ消えない。乱暴をされたわけではない。だが今まで出会ったどの男よりも恐ろしい気がした。
男を恐ろしいと思うなんて久々だ。そしてとても嫌な気持ちだ。
今までの男たちは性的な意味でメアリーを見てきた。錬金術師は物に接するようにメアリーを見るが、その感情のない瞳が彼女は嫌いではない。
だがバッカスは違う。メアリーの本質を見定めようとした。そして、目があった瞬間、メアリーがただの女であることを悟られてしまった。
奥の奥まで見透かされた気分だ。最低で、吐き気がした。
「なんなの!」
誰も居ないそこで、いつまでもメアリーの声が響いていた。




