変わる瞳の奥にあるもの
赤いドレスを翻したメアリー・ブリアンナは、思わず聞き返した。
「なんですって?」
東の国ガゾラに根付いた錬金術師の一人が、先程口にした言葉をもう一度淡々と言う。
「神に面会を求めている迷い人がいる。まだ子どもだ」
何度言われても信じられない。迷い人とは異世界からやってきた人間の事だ。時折ふいに現れては人々の知らない知識や技術を与えていく相手。
「・・・・・わかりました、会いましょう」
メアリーはこの時、少し面倒だが信者を増やすのも役目と考えていた。迷い人が手に入れば事はもっと単純に、そして急速に進むかもしれないと思ったのだ。
だが、彼女に会いに来た少年を見た瞬間考えを変えた。
「初めまして、白い神様。僕の名前はバッカス。バッカス・メイフィールドです」
やってきた少年は、右手を左胸にあて、左手を腰に回し軽く頭を下げた。秋の終わりのような瞳を持っていた。優しく細められた瞳に白い神が映る。
薄汚れた旅人の恰好なのに、その立ち振る舞いは品がある。
「・・・わたくしに、何用です」
メアリーは名乗らなかったが、少年は気にならないようだった。
「僕はずっと遠い国からやってきました」
声は落ち着き、緊張などしていない様子に違和感を覚えたのだ。
この少年は決してメアリーを神として認識していない。それどころか、まるで可哀想なものをみる瞳だ。彼女にはそう見えた。
何故か言い知れぬ怒りを覚えた。こんな相手は久々だ。だが、まだ少年。下手な発言はやめた方が良いだろうと思った瞬間、口を開いていた。
「そのようね、西の方の島国でしょう。小さな島からよもや我がガゾラまで・・・さぞ苦労したことでしょう」
あ、と思った時には手遅れだった。少年の瞳が、濡れ落ちた葉の色から、新緑に変わったように見えた。なんて不思議な色だろうか。
部屋の中にはメアリーと少年だけなのに、何故か複数の相手から見られている錯覚に陥った。
「ええ、そうなんです。ぼくの国では雪がとまらなくて・・・こちらの白い神さまならなんとかしてくれるんじゃないかって」
「・・・ここを守っているわたくしが、他国に参るわけにはいきません」
「そこをなんとか! 僕らの国では凍死する民が後をたたないんです。このままじゃ、国が滅びてしまいます!」
「わたくしはそなたの国の神ではない」
「わかっています、でも白い神さま。ここを守れるほどの力の持ち主なのでしょう?」
少年の手がメアリーに伸びる。王座に座る彼女は、その荒れくれた手から逃れようとするが間に合わなかった。がさついた指先が熱くて痛い。いやらしさはないが、言葉に出来ないほどの重いなにかを秘めているように見えた。
逃げたいのに、引き離したいのに、何故か言葉が出てこなかった。
「ねえ・・・白い神さま。みんなを助けて、あなたは神さまなんでしょう?」
ねっとりとしているのに、どこか淡々としていて気味が悪かった。背中に嫌な汗がつたう。
新緑だった瞳は、いつの間にか冬を思わせる冷たく暗い色に変わっていた。




