ガゾラ
東の国ガゾラは、傭兵の国とも呼ばれる。傭兵稼業で成り立つ小国は、小柄だが力自慢に溢れた国だった。
平均身長百五十センチ。大きな男でも百七十あるかどうかだ。もともと狩猟民族として活躍していた彼らは、百年ほど前から傭兵として世界中で活躍していた。燃えつきた灰のような髪をなびかせ彼らは進む。その姿を見た者は無事ではいられないと恐れられるほどだった。
そもそもガゾラの国民は、神々に対する信仰心はそれほどなく、しかし白いイノシシだけは神としてあがめる年配者も多い。そのため白い髪の女が現れた時、中には神が顕現したと本気で思いこんだ者もいた。
ガゾラ王はよわい四十九。女が現れた直後、裏切りと疑心から地下牢に閉じ込められてしまい、その妻や娘たちは人知れず連れ去られている。
ここまでがアルバニアの家臣たちが調べたことだった。
「なるほど、その白い髪の女が怪しいな。そもそもこんな時に王を閉じ込める正当な理由などあるはずがない」
「でもその人はガゾラの人ではないんでしょう?」
わずか数日でここまでわかったといえ、ここから先は潜入を試みる必要性が出てきた。だがガゾラは地震の被害に襲われ続け、国内で安全に移動できる保証もない。
アルバニアは心配して家臣を貸すと言ってくれるが、さすがにそこまで無遠慮に甘えるわけにはいかなかった。
「バッカス、わかっていると思うが俺たちは暴れるのが苦手だ」
セスは、思い切り断言した。男としては情けない言葉を。
「そうだよね、僕は引きこもるのは得意なんだけど」
そしてバッカスも否定しない。
「・・・つまり、俺たちの仕事は情報を国に伝える事であって、悪者退治ではない」
「うん。僕もまだ団長に剣はダメだって言われているからわかっているよ」
うんうんと頷いて肯定する相棒に、セスは何故か少々気落ちした。ここに百合がいたら間違いなく「だからどうした、面倒くさいからさっさとゼノンに終わらせる」ぐらいは平気で言いだすだろう。
いや、そんなことは懐かしくも思わないが。
「ということで、実働部隊は別の奴に任せようと思う」
「わかった。で、僕らはどうするの? 国に帰る?」
セスは迷っていた。
許可なく異国へ連れ出したバッカスの件があるため、国に戻れば間違いなく処罰を受けるだろう。ここで何らかの功績を上げておかなければ、最悪錬金術師の資格まで取り上げられかねない。かといって、バッカスをこのまま危険な状況に置いておくわけにはいかない。セスにとってバッカスは可愛い弟分であり、大切な友人なのだ。
「僕としては白い神の人に会いたいな」
「だから、俺たちは頭脳労働者だぞ!?」
「大丈夫だよ、援軍を呼んでその人たちに頑張って貰えばいいよ」
バッカスの笑顔が一瞬、本当に一瞬だけ百合と重なった。
「・・・どうやって呼ぶんだ」
「ふふ、僕に任せて」
その笑いは恐ろしい命令を平気で口にする百合にそっくりだった。
絶対に悪影響を受けていること間違いない彼を見て、だがセスは少しだけ気分を取り戻したのだった。
援軍が来たのは四日後の夜だった。
「やあセス」
とても爽やかな笑顔で現れた元海賊の友人は、海賊だった頃よりも眩しいくらいに輝いて見えた。
海賊をやめて無茶な航海が減ったからだろうか、肌が白くなっている。これで馬でも連れて来れば白馬の王子様完成だ。そこまで考えて、セスは、己はこんなにも疲弊しているのかとこっそり心の中でため息をついた。
「ああフェルディ・・・うしろの人達は?」
「彼らは部下だよ。これからガゾラに乗り込むって聞いたから、仲間は一人でも多い方が良いかなって」
笑顔でフェルディは後ろを振り向いた。そこには身長二メートルは軽く超える、大柄で浅黒い肌。赤い瞳に短く切りそろえた黒い髪。両腰には四本の短剣をさし、憮然とした表情でバッカスを見る男達。揃って灰色のローブを身につけていた。
「ゼノンの知り合いか?」
「以前彼の家に仕えていたらしいんだけど、転職先を探しているようだったから声をかけたんだ。ガゾラの戦士たちにも負けない強さを持っているよ」
「・・・なんでバッカスをみてるんだ?」
「いや・・なんでだろうね?」
そんな会話をしていると、男の一人がバッカスをひょいと持ち上げた。
「頭、こんなガキが戦場へ出るのか」
肩に担ぐとまるで子どもをあやすように体を揺らす男は、眼光は鋭いがどこかうっとりとバッカスを眺めている。大変気色の悪い顔である。
「えっと・・・おにーさま、僕はもう子どもじゃないよ?」
にっこり笑顔で言うと、バッカスは降ろせと手足をばたつかせるが、男たちにはむしろ逆効果だった。
「安心しろ。この俺たちが来たからにはもう安心だ。お前はあれだろう、ゼベリウス様の大事な友人なんだろう」
ゼベリウス=ゼノンだということは分かっているが、バッカスは思わず違うよと否定した。
「僕の友人はゼノンだ。そんな人もういないよ」
その言い方も、男たちにとってみればどこか心地よかったようで、そうかと初孫に頷く老人のような顔をした。
「ねえ降ろして」
後身長の男の方に乗っているのはさすがに不安なのかそう言ったが、直後ぎょっとして目を見開いた。
アルバニアが今にも舌打ちしそうな顔で男たちを見ていた。
「お、王女さま・・・」
全員が、バッカスにつられてアルバニアを見た。
「・・・わらわの友を離さぬか、この変質者どもが」
吐き捨てられた言葉は、聞いたことのない冷たい声だった。




