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麗しのプリーティア  作者: aー
第四章
149/203

世界の破滅を望むもの

「・・・あんたが無茶をする必要はないだろう」

「あなたたち騎士団には様々な制約があって、よほどのことがない限り動けないでしょう。わたくしとゼノンならばある程度動ける。だから動くの」

 具体的にどうするのですか、と冷静な声でエドアルドが問う。まるで氷のような冷たく痛い瞳だ。触れれば火傷をしそうなそれに、しかし真向から見返した。

「今必要なのは情報よ。国内でも被害の影響を強く受けている場所と、そうでない場所があるみたい。それを確かめる。強く受けている範囲が分かれば海の向こうの範囲も特定可能になるかもしれない」

 これは何日も雪道を旅していて知り得た事実だった。他の旅人たちが教えてくれたのだ。おかげで百合の手足はボロボロになり、肌も前のように透明というわけではなくなった。髪は傷むし邪魔だったので少し切った。

 珍しい黒髪はわずかでも高く買い取ってくれる商人もいたが、場所を選んで売っていたので、どうしても二人の旅は時間がかかった。

「本当に、あなたにそんなことが出来るのですか」

「やるしかないし、わたくしは一人ではない。今はセスともう一人の迷い人が海の向こうの国へ行っているわ」

 アンドレアが今度は、黙ってお茶を飲んでいるゼノンに目を向けた。以前と違うその行動に一瞬眉を顰めたが気にせず口を開いた。

「お前は本気で、できるつもりなのか?」

 ゼノンはちらりと百合を見やり、呆れたような、困ったような顔で言った。

「リリーは一度言い出したら納得するまでわがままを突き通す方ですので、説得するだけ無駄ですし、俺もいい加減雪はあきたので」

 口調まで変わっていることに、アンドレアもエドアルド口を開けて固まった。

「このケーキなかなかいけるわね」

「お茶はやはり、王都限定高級茶葉のほうが美味しいですね。今度執事殿に頼んでみようか」

 どこまでもマイペースな二人を前に、先に我を取り戻したのはアンドレアだった。

「強気発言は結構だが、本気でやるつもりなんだな? この、世界のために。この世界で生きることを強要されたあんたが」

 百合は口元をハンカチでそっと拭う。その動きはとうてい村娘には見えない上品な動作だった。

 しっかりとアンドレアを見返し、口元に笑みを浮かべた。どこか獰猛なそれを見て、アンドレアがごくりと嚥下した。

「女にも二言はないわ。やるしかないんだからやるだけよ」

 なかなかに男らしい発言である。

 男たちはそろって、そっと頷いた。逆らえない何かがあった。




 そこに神を名乗る女が現れたのは、一度目の大きな地震が起こった直後だった。二度目の地震のさい、女が言った通り、女の傍に居たものたちは揺れを感じることもなく安全な場所から街が、国が壊れていくのを見ていた。

 女が守るのは己にひれ伏す者だけだ。

 王族や一部の貴族は女を怪しみ尋問しようとしたが、現在では逆に裏切り者扱いをされ城の地下牢に監禁されている。特に若い女はどこかへ連れて行かれてそのまま戻らず、戦士たちは被害状況の確認と、被害者の保護を優先され城から離れていた。

 女に跪いた者たちは逆に手厚く保護され、彼らだけは安全な場所で日々を過ごしていた。

 だが被害が始まりはや数ヶ月、中には女に不信感を持つ者もあらわれはじめた。

 そうした人物は人知れず、一人、また一人と城を去って行った。ただし、己の意思ではなく。

 汚れをしらない真珠のように白い髪は長く波打ち、琥珀のように甘い金の瞳は、しかし怪しく光っていた。

 赤いドレスを纏い、本来王しか座ることを許されない椅子に腰かけた女は不敵に微笑んだ。

 女の手には一枚の羊皮紙。各国の状況を示されたそれは、実に淡々と、そして恐ろしい事態が記されている。

「・・・くっ」

 形の良い深紅の唇が歪にゆがむ。

「あっは・・はは!」

 思わずと言った感じに声が漏れた。

 そう、我慢できないほど愉快な気分だった。

「良いざまだわ!」

 女は背を反り返らせ、誰も居ない部屋で笑い続けた。




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