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麗しのプリーティア  作者: aー
第四章
145/203

殴ってでも問いたい

「ヴェステンは面白いことになっているようですね」

 朝食に出されたのは暖かい紅茶と焼きたてのパン、わずかな肉と野菜だった。

 場所は分からないが、ずいぶんと贅沢な朝食だ。

「あなた、誰にそんな情報をもらっているの?」

「もちろん、西方騎士団の連中です。定期的にやりとりしておりますので」

 神殿を追われただけであって、ヴェステンを追われたわけではないと言いたいらしい。

 朝食も、もとは騎士団がこっそり援助してくれた金銭のおかげだが、それについては言及しなかった。

「ふぅん。・・・それで?」

「俺があなたに求婚するか、服従するかで賭け事が始まりました」

「じゃあ求婚にかけるわ」

「当事者が参加できるわけないでしょう」

 淡々とした空気だが、むしろ百合には新鮮で面白い。

 以前ならば絶対に、もっとゼノンの声が優しかった。それは盲目的なまでに。だが今はどうだろうか、まるでただの親しい友人のようではないか。

「ところで百合」

「何かしら」

「王都からやってきた騎士に、グライフ・ハロという人物がいるとか」

「・・・いたかしら?」

 とぼけているわけではない。本気で相手の名前を覚えていないだけなのだ。

 ゼノンも一瞬眉を顰めたがその可能性に気づいた。

「どうやら、団長を怒らせて強制的に雪合戦に参加しているようですよ」

「あなたも参加すればいいじゃない」

「俺がですか?」

 面倒くさいと顔に書いてあった。

「でもどうして怒らせたのかしら。というか、まだ居たのね彼ら」

「あなたを取り戻そうと必死なようです」

「へえ、大変ねえ」

 完全に他人ごとである。これにはさすがに、ゼノンも呆れた。だがそもそも百合を浚ったのはゼノンだ。

「そういえば、神のお告げってなんだったの?」

「・・・ああ・・・はい、実は白昼夢を見ました。三本の角を持った牡鹿が出てきたんです。ずいぶんと大きい牡鹿でした」

 ゼノンは、こいつを仕留めたら何人分の食料になるだろうかと失礼なことを考えていたのだが、百合が思ったのは別の事だった。

「俺はあなたの守護者だから、そばにいなければならないと言われました。だから、命を助けたのだと」

 射抜くような視線で意味を問うてくるゼノンに、彼女はうん、と大きく一つ頷いた。

「そうらしいわ」

「俺を助けたのはあなたですよね?」

「いやだわ、プリーストでもないあなたをどうやって助けるのよ。満身創痍だったじゃない」

 あっけらかんと言われてゼノンが口元を歪めた。

 本当に、己はなぜこんな女に仕えていたのかと。

「看病したのはわたしよ。でも、あなたを生かそうと決めたのは神々」

「あの三本角の牡鹿は、やはり神ですか」

「そうよ」

 ゼノンが想像していた神とは姿かたちが違ったが、確かに神々しい気もした。

それ以上に角が三つもあって、売ればいい値段になりそうだとも思った。

「あなたが、この世界に来た原因なのですよね?」

「・・・嫌なことをいうのね」

「どうしてあなたは、そんな存在に従っているのですか?」

「その疑問を持つのがずいぶんと遅かったわね」

 ゼノンはまたしても思案顔になる。そんな彼を百合はじっと見つめ、そしてそっと息を吐き出した。

「神々に感謝した点がなかったわけではないわ。正直、突然わけのわからない世界に落とされて、とても怖かった。近寄ってくるのは何故か変態ばかりだし、混乱したのも事実」

 でも、と言葉を続ける。

「それでも、今のわたしがあるのは、彼らのおかげなの。従っているわけではないわ、お互いに共存しているだけなのよ」

 どちらが上も、下もない関係であればいいと願っている。願った時点で負けているような気もするが、深く考えてはいけない。相手は人間ではないのだから。

「なぜあなたを、人々は欲するのでしょうか。今の俺にはわかりません」

「あなたに対する神の加護が形を変えて、正しい姿に戻ったのよ。神々の加護にはいろいろなものがあるけれど、私に与えられたのは、金銭的に困らない地位の男に言い寄られることだもの」

「・・・・・・意味がわかりません」

 何を言っているんだこいつ、という冷めた目で見られて、流石に羞恥心に震えそうになるが気合で押し込めた。

 ゼノンの視線はとても痛い。ある意味で丁度良い気付け薬だ。

「地位や権力に固執し、また金銭的に裕福な男性ほどわたしを欲しがる。すっごく迷惑な加護だけど、使い方さえ誤らなければ便利な力よ」

「その力とやらは、あなたの意志のままに仕えるものなのですか?」

 百合が思い切り顔をしかめた。まるで不味いものを無理やり飲み込むような表情で彼を見返した。

「使えたら苦労はしないわ」

 瞬間、まるで氷上に立っているような冷気を味わった。ゼノンの言いたいことはわかる。だが百合だって辛いのだ。彼女に群がる大抵の男は、富と権力を持て余す富裕層だ。

 さらに全員とは言わないが、たいてい人に言えない趣味を持っている男が寄ってくる。むしろ変態こそ寄ってきているような気がして、百合はこれまでに何度も悪寒に襲われている。

「このつまらない話しは一端置きましょう。それで、具体的にはどうすればいいんです」

「まずは敵の正体が分からないことには対策は立てられないわ。世界中で異常現象が多発する中で、絶対に平和な場所があるはずよ。そこにはきっと犯人がいる」

 つまらない、の一言になんだかもやっとしたが、それでも彼女は言葉を続けた。

「今のところ、目星は?」

「ないわ」

 重いため息が降った。

「だいたい、セスが情報を持ってきてくれたはずなのに、あなたが浚ったのよ」

「・・・なら次は、セスを浚いましょうか」

 自棄になった言葉はしかし、彼女の笑顔で承諾された。

「いい考えね!」

「・・・俺はどうしてあなたに膝をついていたのか、数か月前の自分を殴ってでも問いただしたい気分です」

 遠い目をして呟いた。


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