団長だって恰好つけると恰好良いんです
リュメル・ラントユンカーは護衛対象の機微に注視していた。
濃いエメラルドの髪に枯葉のような瞳を持ったリュメルは、どうやら対象者であるバッカスに変態だと思われているようで、目が合うと一目散に逃げられる。
最初はちょっとショックだったが、今はむしろ面白いと思って追いかける日々だ。
そんな彼はここのところずっと、バッカスを見ていた。
プリーティアが浚われて三日目の朝。抱えていた違和感の正体がわかったような気がした。
「隊長。やはりプリーティアを浚ったのは顔見知りなのでは?」
いつも以上に厳しい顔をしているグライフに言えば、彼はすっと視線を向けてきた。
「バッカス坊やが落ち着きすぎてます。本当に危険があるならあんなに落ち着くはずがないですよ。プリーティアが居た時と・・・いえ、それ以上にのびのびしているような・・・」
「知人である錬金術師殿が来たことで安心したのではないか」
「違いますね。確かにそれはあるでしょうが、明らかに犯人を知っていなければあんな雰囲気は出せません。それに、街の連中もおかしいです」
グライフはふむと頷いて口元に手をあてた。
「確かに、いつにもましてお祭り騒ぎをしているような・・・街の者たちがこぞって参加している賭け事があるようだが・・・」
王都から来た彼らは参加権がないと言って詳しく教えてもらえなかったが、どうやら街の騎士団や住人達はこぞって賭けに興じているらしい。
「詳細は掴めたのか?」
「エルマンノ・エトーレが調べてくれました。どうやら街の連中は、プリーティアの件で賭け事をしているようですね。プリーティアを浚ったものが、彼女に求婚するか、服従するかのどちらかで駆けているようです。ちなみに、七割を超える人間が服従に投じています」
「こんな事態だというのになんだ、その不謹慎な内容は?!」
グライフはぎょっとして叫んだ。プリーティアを浚われた責任感でここ数日夜も眠れず捜索しているというのに、どうしてそんなふざけた状況になっているのか理解できなかった。
しかも、服従とはなんだろうか。
「ちなみにバッカス坊やは求婚にかけたようですよ。これで当面の小遣いになると呟いていました。やはり犯人を知っているからではないでしょうか」
「いや、それも問題だが・・・プリーティアが恐ろしい思いをしているかもしれないという時に!」
グライフ・ハロ隊長二十三歳。未だ童貞の彼は女という生き物にかなり夢を持っている。そのため、浚われた美しいプリーティアが恐ろしい目に遭い、自死を決意しないかを心配しているのだ。プリーティアは神々の妻。万が一人間の男に汚されようものなら、永遠に神殿には戻れないだろう。そこまで心配していたというのに・・・
「騎士団に出向く。ついて来い!」
「えー。俺はバッカス坊やの監視護衛任務があるんで、ここに残りますー」
「ええい、仕方ない!」
グライフは、たった一人で神殿を出た。
そんな後姿をセスがジッと、感情をうつさない瞳で見ていた。
西方騎士団団長オースティン・ザイルは実力主義者だ。
職務の間は真剣な表情で何事にも挑むが、それ以外の時はむしろラフな性格と言える。
痩せこけた土地しか持たない貧乏貴族だったため、死ぬ気で努力してのし上がってきた実力者だが、決してそんな苦労を悟らせない優雅な見た目をしていた。
そんな彼だが苦手なものはもちろんある。東方騎士団団長とか、美しい悪女のようなプリーティアとか。副長がもってくる愛妻の手づくり菓子とか様々だが、最近また一つ苦手なものが増えた。
王都からやってきたグライフ・ハロだ。
グライフの部下たちはある程度融通が利くが、彼は全くと言っていいほど規則を守るタイプだった。
よく言えば優等生。悪く言えば頑固者だ。
そしてオースティンの経験上、なんの通達もなしに単身乗り込んでくる相手には注意が必要だと知っている。
「誰なんですか」
開口一番の台詞がこれである。
オースティンはわざとらしくため息をつくと低い声で言った。
「グライフ・ハロ隊長。主語を言いたまえ」
「プリーティアを浚った相手を知っているのでしょう?! 街の者たちが賭け事に興じているのは、どういうことなんですか!」
両の掌でオースティンの机をばんと力の限り叩いた。本人も痛いだろうに全く気にしていない。
執務机の上にあったインクの瓶が倒れ、それまで記入していた書類が黒く染まる。オースティンが冷めた目でそれを見やると、流石にマズイと思ったのか小さな声で謝罪した。
誰だこいつにそんなことを教えたのはと、内心舌打ちした。
オースティンは持っていた羽ペンを置き部下の名前を呼ぶ。
「アンドレ副団長。ちょっと手伝ってくれ」
フラジール・アンドレが音もなく入室し、オースティンに一礼する。机の上の惨状に眉を顰めると、無言で出て行った。
「さて、グライフ・ハロ隊長」
オースティンは立ち上がりグライフの隣に立つ。二人の背丈は、わずかにグライフの方が高かった。だがどういうことか、グライフはとても大きな壁が目の前にあるような錯覚に陥った。
越えられない壁だ。黒く、大きな壁。その壁は、とても綺麗な笑みを浮かべて口を開いた。澄んだエメラルドグリーンの瞳が今はとても冷たく輝いている。
「私の職務を邪魔した君の質問に答えようか」
小さな声だったが、とてもよく通る声だ。腹から出しているのだろう。近くで聞いていて鳥肌が立った。
ごくり、とグライフの喉が嚥下する。
「プリーティアやプリーストには、神々の加護が直接ついている。そのため、暴力行為で傷つけることはできないし、本人が嫌がることもできない。例え浚われたとしても、無事は保障されているようなものだ。街の者たちもそれは理解している」
淡々とした説明に、しかし頑固者であるグライフが納得するはずはない。
「そうだとしても、きっと恐怖に怯えているはずです! こんな賭け事は不謹慎だ! しかも、内容は浚った者が服従するか、求婚するかのどちらかって・・・何を考えているのですか!」
若者の叫びに、オースティンが顔をしかめて考えた。
恐怖に怯える? 誰が? 彼女が?
天地がひっくり返っても無理だろう。今ここでフラジールが妻と離婚するよりも有り得ない話だ。
「皆本気ではなかろう。この雪で精神が疲れているんだ、多少の事は目をつぶっても問題ないと思うが?」
「それでもし、彼女がこの世界を恨んだらどうするんですか」
「まさかまだそんなことを気にしているのか? この異常現象の原因は他国にあるのだろう。貴殿の役目は、本来ならはそちらにうつるべきでは?」
「彼女が浚われたのは我々がふがいなかったからです。騎士として、見捨てるわけにはいきません!」
その言葉にオースティンがふっと笑った。
「ほう、では我が西方騎士団が貴殿らを鍛え直してやろう」
「・・・なんだと?」
「ついてきたまえ、グライフ・ハロ隊長」
まるで雪と同じくらい冷たい声で言い放った。




