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麗しのプリーティア  作者: aー
第四章
140/203

色々解放された男の色気は半端ない

 他の信徒が見れば不敬とみなされない会話を終えた百合は、しずしずと神殿内を歩いていた。

神殿長への報告も済ませ、騎士たちがまだやってこないことを確かめた彼女は、一人で部屋に戻った。

 小さな丸イスとテーブルのセット。テーブルの上には花を使った石鹸が置かれている。白い石鹸の中に花弁が入っていて香りも良い。元海賊の友人から貰ったそれは、数少ない部屋の飾りだ。

 狭いベッドに腰掛け、そのまま状態を横たえる。黒い髪がシーツに広がり、そっと瞳を閉じた。世界が闇に閉ざされた瞬間、

「失礼いたします」

 邪魔者が遠慮なく侵入した。

 しかし百合は瞳を閉じたままぴくりとも動かない。

 いや、動けないのだ。あの神聖な場所を出ると、重力がとても重く感じる。それは決して気のせいの類ではない。

 あそこが特別なのだ。

 だから、絶対に長く居てはいけない。わかっていたのに少々長居してしまったようだ。

「プリーティア、お休みですか?」

 戸惑ったような声に、ふとゼノンを思い出す。今彼はどうしているだろうか。どの神殿にも近づけない措置が取られているため、どれだけ雪で困難な状況に陥ろうとも助けは見込めない。

 それがどれほど残酷なことか。

 ふいに暖かな何かがかけられた。誰かが毛布でも掛けてくれたのだろうと無視していると、人の気配が遠のいた。少しして扉を閉める音。

 しばらくして、誰も居ない静寂の中百合はそっと瞳を開けた。見慣れないそれは、確か王都から来た騎士たちが身につけているマントだった。

 知らない香りにムッとして力任せに剥ぎ取り床に投げ捨てる。力の入らない体ではただ落としただけのようになってしまったが、それでもよかった。

 もぞもぞと芋虫のように丸くなると、そのまま深い呼吸を何度か繰り返し眠りについた。

少し前、部屋の前では三人の騎士が居た。

「起こさなくて宜しいのですか」

 淡々とした部下の言葉に答えたのは別の部下。

「プリーティアだけが神々と対話できるそうだよ。神殿長にはできないという事実には驚いたが、彼女が特別なのだろう」

 護衛隊最年長のマックス・マンフレートは、王に絶対の忠誠を誓っている騎士の中の騎士だった。生まれが下級貴族だというだけで、グライフの下についているが、実力は明らかにマックスのほうが上だった。

 それでも彼は嫌な顔一つせず、ただ忠義を尽くすためにヴェステンまでやってきたのだ。

「神々とはどのように対話するのでしょうか」

「さあ・・・そんなことが出来る人は、むしろ教えてくれないのではないかな」

「・・・マンフレート殿は気にならぬのですか」

「気になるが、聞いても仕方がないよ」

 ふっと笑みを浮かべた仲間にロルフ・シュフティは少々首を傾げた。

「隊長はどう思われますか」

「・・・わからない。任務には関係ないし、そもそも私は姿すら見えないのだ。対話など夢のまた夢。今気になるのはプリーティアの消耗具合だ」

「確かに。あの傍若無人を絵に描いた様な女性が、あそこまで憔悴しているとは気になります。いったいどのような会話を交わしたのか・・・」

「・・・マンフレート殿、傍若無人とは言い過ぎです」

 否定はしないという副音声が聞こえたような気がして、マンフレートはふっと笑った。

「今は待つしかないのだろう」

 心配している表情を隠すことなく百合の部屋のドアをジッと見つめたグライフは、ふと衣擦れの音を聞いた気がした。

「おや、隊長のマントが落ちましたな」

「・・・あとでもう一度かけてくる」

 どんよりと、ショックを受けた声だった。

 二人の部下はそっと彼の肩に手をおいた。




 百合がもたらした証言には、多くの者が衝撃を受けた。

 百合はすぐに元海賊の友人と連絡を取り、他国の様子を調べてもらえるよう頼んだが、どうしても時間がかかってしまう。もどかしさを抱えながらも、彼らは変わらぬ日常生活を過ごしていたある日。

「まあ、大胆ね」

「神のお告げを頂きまして」

 百合はにこにこと嬉しげに目の前の人物を見た。

 場所はどこかの家、とても質素な部屋だ。暖炉と、何も置かれていないテーブルセット。使い古されたソファしかない。ベッドルームは別の部屋だろうか。

 百合は腰かけたソファに毛布が一枚あるのを見つけて、なんとなしにそれを指先で撫ぜた。

ここはヴェステンではない。数時間前に、雪合戦を眺めている間に連れ去られたのだ。

「ご無沙汰しております」

「ええ、会いたかったわ」

 パチパチと暖炉が音を立てる。明りはそれだけで十分だった。

「・・・私に、用があるとか」

 浅黒い肌と赤い瞳。低い声は腹に響くようだった。雪焼けだろうか、以前見た時以上に黒くなっている。

「頼みたいことがあるの。あと、純粋に会いたかったわ」

 そっと目を伏せた相手は、何か言葉にしようと視線を彷徨わせたが、結局何も言わず頷いた。彼らの距離は近い。ほんの一メートルも離れていない所に彼は立っている。

「まさか王立騎士団の目の前でわたくし・・・いいえ、わたしを浚うなんて、やるわね」

 どこか生き生きとしている彼女を前に、ゼノンは少々困った。よほどストレスが溜まっているようだ。

「すみません、流石に神殿内に侵入するのは危険かと思いまして」

「いいのよ。彼らの驚いた顔はおもしろかったわ」

 酷い言い様である。

「・・困ったことになりましたか」

「ええ、あなたがそばに居てくれないから、何も解決しないわ」

「私はもう、あなたの傍にはいられません」

 それは、譲らない声だった。

「・・・わかっているわ」

 ゼノンはそっと手を伸ばして絹のような黒髪を撫でた。

「わかっておりませんね」

 どこか挑発するような言い方だ。百合はむっと唇を尖らせたが、かさついた武骨な指先がそこに触れてハッと目を見開いた。

「私はもうプリーストではない。あなたに、こういう意味で触れることもできるのですよ」

 かすれた声が囁く。

「・・それが、あなたの望みなの?」

 百合の声も緊張からかかすれた。

 ゼノン相手に緊張する日がこようとは感慨深いと、今はどうでもいいこと考えなければ流されてしまいそうな雰囲気だった。

 パチリ、とまた木が爆ぜた。

 彼はそっと目を伏せ、口元に笑みを浮かべた。



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