息をのむ
「どうしても、それを取らないつもりか?」
「万が一わたくしの顔を知っている人間がいたら面倒でしょう」
「・・・プリーティアは美しいので注目されてしまいます。これは仕方がないのです」
二週間ほどの工程を終え、終始安全走行だった馬車は王都に到着した。
一週間でセスが街にやってきたのはそれこそ命がけの工程だったようで、初めて会った時の汚さは仕方がなかったのだと気付いた。
小さい体の美少年は、あれでなかなか根性がある。
プリーティアは白いローブを身につけ、フードを深くかぶっていた。
「王の前ではとれよ」
「・・・ちっ」
わずかに聞こえた舌打ちに、オースティンは思わず二度見してしまった。
「ゼノン、あれはなにかしら」
「あれは燻製された獅子肉です。プリーストに買って帰りましょう。酒に合う」
「わたくしたちの分も多めにね」
「お前たちは十分俗世に染まっていると思う」
オースティンの呟きは見事に無視された。
「ゼノン、あれはなにをしているの?」
「あれは・・・ああ、薬草を売っているようですね。自らがとってきた薬草をああして露店で売るのです。ちゃんとした商店もありますが、そういうところは高いですから」
まるでおのぼりさんなプリーティアの様子に、初めて人間らしさを見た気がした。
「プリーティア。頼むから顔を出すなよ」
「・・・わかっているわ。でも、道中こんなに賑やかな街はなかったじゃない」
「そういう場所は夜のうちに抜けていました。我々は目立つので自衛のためには仕方がないのです。それに比べ、ここ王都は王立騎士団が駐在していますのでまだ安全です。人物的には保障しませんが、地方の騎士団よりは礼儀をわきまえていますよ」
その地方騎士団のトップは現在二人の前で項垂れている。
ここまで自分を正面切って馬鹿にするのは絶対こいつらだけだと思うと、逆にまあいいかと思えなくもないので不思議である。だが何よりこの二人の事を絶対的な信頼で持って見つめる副官を思い出すと、いたたまれなくなった。
「へんな男」
「色々あるのでしょう。放っておきましょう」
そんな二人の会話は聞こえなかった。
王が住まう城はとても大きくて豪華だが、どこか寒々しい雰囲気だ。
白い壁に青い屋根。等間隔で騎士が配置されており物々しいそこは、四つの建物からなっている。王が政務を行う中央の建物。丸い屋根が特徴的で、その両隣を守るように、貴人と貴婦人のための建物。騎士のための建物。中央の後ろには小さいが王族のための建物があるらしい。こちらは貴族でも立ち入り禁止だ。
美しき女は現在ローブをかぶり、王立騎士数人に囲まれて姿を隠すような感じで無駄に長く広い廊下を歩いていた。
王都では彼女が迷い人であることが伝わっており、少しでも姿を見たいと時間に余裕のある使用人や貴族、そして一部騎士が隠れて伺っているが、いかんせん目深にかぶったフードが邪魔をしていた。
女は案内された広間で、王の前でもフードを取らなかった。
ただ一人華美な赤い椅子に腰かけた男が嬉しそうに立ち上がる。
国王は騎士と似たような恰好をしていたが、装飾品はあまりなく、どちらかというと地味に見えた。王冠は普段はかぶらない者らしい。ふさふさな銀髪とエメラルドの瞳が印象的だった。
「プリーティア。そなたは誠美しいときく。どうかその姿を私に見せておくれ」
「・・・これだけ多くの方にわたくしの姿を見せることはできません。どうか人払いをお願いいたします」
王の言葉に逆らう人間などこれまで存在しなかった。彼女の発言に二百人を超える貴族がざわめきだす。
「わたくしの美しさに、やましい心を持つものがこの世界には多くおります。わたくしは俗世と関わらぬ身ゆえ、人々に姿を見られたくありません」
ここまで堂々と自らの美を認める女はそういない。王は彼女に興味を持った。
「よかろう。皆、残念だがプリーティアは恥ずかしがり屋のようだ。この愛らしい方の願いを叶えようではないか。下がりなさい」
貴族たちはしぶしぶ王の言葉に従い場を辞した。残ったのは案内してきた数名の騎士とゼノン。そしてオースティンと王族が数名だ。
数百人は余裕で収容できる広間、正式には謁見の間においてこの人数は寂しいくらいだった。
「さあ、そなたの顔を見せておくれ」
「・・・わたくしはユーリ。このたびの一件、国王陛下に申したいことがございますの」
フードを取るとあらわになる顔に、それを初めてみる面々は息をのむ。
「プリーティア、御前に対し無礼が過ぎます」
すっと前に出たのはゼノンと同じデザインだが色違いの制服を着ていたプリーストだった。まだ若い。金髪碧眼の美青年で、なぜ神殿に入ったのかと悔やまれるほど整った容姿をしている。
年齢はゼノンとそう変わらないか、もしかして下かもしれない。
「わたくしが仕えるのはこの世界の神々。国王ではありません」
ぎゅっとプリーストの眉が寄った。怒っているらしい。
「神殿は王の善意で成り立っています。神殿に仕えるものとして恥ずべき態度は」
「わたくしは直接神々と話したうえで神殿に属しているのです。あなたこそ、誰のために、何のためにその制服を纏っているのかしら」
直接? とオースティンは首を傾げた。
「わ、私は!」
「お黙りなさい。俗世にまみれた者よ。わたくしは王と話をするためにここに来ました。此度の一件、何故あなたたち王都の神殿は何もしないのです。西を束ねるわれわれよりも、ここ王都のほうが情報が集まるはず。われわれは、あなたたちにも連絡したはずです」




