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麗しのプリーティア  作者: aー
第四章
139/203

フラジールにはなぜか弱い

 雪の使用方法について、ヴェステンが著しく功績を上げる中、他の街もそれに注目して真似をするようになった。といっても、実際目にした人間が大変少なく、真似も一苦労だったようだが。

「各地の被害は甚大です」

 百合は暖かい紅茶を頂きながら、真剣な顔で書類を睨みつけているフラジールを見やった。

 神殿内に暖房はないが、年中快適な気温が保たれている。

 外がいくら吹雪いていても、中に居れば春のような心地なのだ。これは神々がいる証拠なのだとか。少々胡散臭いが、それが嘘でもないと知っている百合は特に思うこともない。

 ワンピース姿のまま深く腰掛けている百合に、フラジールは恨みがましい目を向ける。

「何かしら」

「プリーティアとして、神々の姿がみえるのでしょうか」

 彼女はわざとその時間をおいて大げさに頷いた。

「ええ」

 驚いた様子を見せたのは王立騎士団のメンバーだ。誰かがごくりと喉を嚥下させる。

「この雪の原因を教えて頂けませんでしょうか」

「神々とて万能ではないわ。だから王都の神殿も打つ手がないのでしょう?」

「しかし、このままでは旅人は家に帰ることもできず、また食料にも限りがあります」

 家に帰れないのは辛いのです。と小さくこぼしたフラジールは、何か思うところがあるようだ。

「わたくしも一度は確認したわ。でも誰も教えてくれないのよ」

「教えてくれない、とは?」

 ふう、とわざとらしいため息もどこか艶がある。

「あなたたちは、神々という存在になにか大きな期待をしているようだけれど」

「当然でしょう」

「神々はそんなに万能ではないわ。子どものまま永遠を生きているような存在よ」

 うっかり、とか、間違って、とかいう理由で違う世界の人間を召喚する。それが百合のなかの神という存在だ。

「・・・・もう一度、確かめてくださいませんか。この神殿内ではっきりと意思の疎通が出来るのはあなただけでしょう?」

 ほとほと困り果てたという彼の表情に同情した百合は、珍しく協力してやるかという気持ちになって席を立った。

「いいわ。わたくしも、そろそろ雪は見飽きたし」

 そっけない言葉だったが、フラジールは安堵したように目を細めた。

 どこまでもついて来ようとする王立騎士団の足止めをフラジールに任せ、神聖な(多分神聖な)場所へ足を進めた。

 屋内だというのに太陽の光が届くそこは、神殿の中でも限られた人間のみが入室を許される謁見の間。王族でさえ許可なく近づくことすら許されない、神々が座す場所だ。

 春の匂いがした。花が咲き乱れ、小鳥たちの軽やかな歌声が響き渡る。

 履物を脱いで入ると、草の柔らかさに足が包まれた。そのまましばらく歩く。緑の匂いと色を全身であびる。

 プリーティアでも神殿長に許された百合だからこそ入ることが出来るそこには、複数の気配があった。

 そのうちの一つ、三本の角を持つ大きな牡鹿がのそり、のそりと近づいてくる。

 三本も角を持っていると恐怖心を抱きそうなものだが、不思議と恐怖も驚きもない。当たり前のように存在を受け入れてしまう。それが、彼らなのだ。

 どこかでちりん、と鈴が鳴った。

「お話をしたいの」

 口を開くつもりはまだなかったのに、目があった瞬間そう言った。己の言葉が別人のように聞こえた百合は、ふと笑みを浮かべた。

 ここはとても居心地が良い。良すぎて俗世には戻れなくなる。

 けれどここはダメだ。ここは、生きている人間が足を踏み入れてはいけないのだ。

 どうしてそう思うのかもわからないまま、それでも百合は相手を見つめた。

―――――そなたの従者はどうした。なぜ傍におらぬ。

 不思議な音だった。声ではない。頭に直接響くそれを、脳が勝手に言葉に変換している。

「取り上げられてしまったわ」

―――――あれはそなたのものだ。だから、生かした。

 あれというのはゼノンのことだろう。瀕死の状態だった彼を救ったのは百合ではない、目の前の牡鹿だ。

「わたしには、もうどうにもできないの」

 神殿を統べるものが、百合から取り上げてしまったから。

―――――あれを望め。

「今日は、雪の話をしに来たのよ」

―――――知らぬ。

「だれか、知っているヒトはいないの?」

 ヒトではないけれど。

―――――人族が起こした。我らの領域ではない。

「この異常気象が人間の仕業だと? でもあなたは前に言ったわ、この世界の魔法はもうないのだと。こんな大雪、どうやって人が起こせるというの?」

 以前は魔法の存在が認知されていた。少ないが魔法使いという職業もあったのだ。だがそれはずいぶんと前に消滅した。魔法の必要性がなくなったからだ。

 人々の暮らしは豊かに、便利になった。魔法の力とともに魔族も姿を消し、今では神々の力すら求められなくなってきた。

 昔は当たり前のように神々の姿を見ることのできた信徒も、今はほんの一握り。良くて声が聞こえる、気配がわかる程度だ。百合のようにハッキリと見て言葉を交わすことなど出来る人間はほとんどいない。

―――――魔法ではない。人の力のなせるわざ。我らとは違う理。

「それって、錬金術の事?」

―――――呼び方なぞ知らぬ。この国で起こされたことではない。

「じゃあ、どこの国からその力は来ているの?」

―――――・・・はて。遥か遠き地。我は知らぬ。

 話にならない。だが、雪が人為的であるのなら、解決策は必ずある。

―――――前にもあった。

「前って?」

―――――少し前の事だ。

 神々の時間の感覚は人間とは違う。だからこそ気付く。数十年前に起きたという雪の話。牡鹿がいっているのはそれではないかと。

「その時も、人間が起こしたの?」

―――――人族はいつも無駄なことをする。

 辛辣だが、その通りだった。

―――――急げ。このままでは花が枯れてしまう。

 この牡鹿はヴェステンの花を気に入っているのだと以前言っていたことを思い出し、百合は力強く頷いた。

「それは、あなたの願いなのね」

―――――そうだ。

「わかったわ。じゃあ、一つお願いがあるの」

 そして百合は、牡鹿の姿をした神に交換条件を付きだした。



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