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麗しのプリーティア  作者: aー
第四章
137/203

もやっと

 普段は岩のように静かに、しかし大きな存在感を放つ、少し年下の上官。若いながらも優秀で、子爵家の次男として立派にふるまう彼の初めての弱音に、心底驚いたのだ。

 ちなみにロルフは男爵家の三男なので、子爵家よりも立場は下だ。それを不満に思ったことはない。

それにしても、こんなにも弱った姿を部下にさらすような人ではなかったはずだ。

「どうしたのです」

 ロルフは、とても真剣な顔で問う。きっと慣れない土地と寒さで心が弱ったのだろう。まだ二十三になったばかりの青年だ。王立騎士としては少々情けないが、今のロルフは彼を慰めることで頭がいっぱいだった。

「ロルフ・・・私は、いや・・・俺は・・・」

 情けない表情を浮かべ、とても静かな声で彼は続けた。

「女を知らないのだ」

 一瞬、本当に一瞬の間。ロルフは何を言われたのか分からなかった。

「・・・え?」

「俺に彼女は刺激的すぎて怖い。あまりにも刺激が強いのだ」

「・・・たしかに、まあ・・・」

 言葉は続かなかった。

 子爵家の次男で王立騎士団でも優秀な騎士とされ、女はより取り見取り。しかも私服で街を歩けばいつのまにか女たちがよってくるような男が、女を知らない?

「お伺い・・・しますが、先の戦争には・・・」

「初陣がそこだ。そこで武勲をあげたから、今の隊長という立場ある・・・なぜそんなことをきく?」

 それだけではないだろうと思ったが、良くできた部下ロルフは口をつぐんだ。

 戦場から一歩足が遠のけば、男も女も気が高ぶり相手を探すものだ。最前線では生きるか死ぬかの戦いをしているので、驚くほどその感情は芽生えない。それは、性行為がいかに動物を無防備にするかという本能に従っているのかもしれない。

しかし戦場を少し離れると逆に相手が欲しくなる。興奮状態は時間が経っても中々治まらないのだ。たとえそれまで女を知らなかったとしても、必ずそこで相手を探してしまう。これはもう動物的な何かが働いているのだろう。

 つまり、彼が女を知らないというのは少々奇妙な話なのだ。もちろん許嫁がいる場合や(残念ながら彼にはいない)、男色の場合は異性に反応することはない。

 だがあの戦場には女の騎士も少なからずいたし、女の方も男の騎士を誘っている場面を多く見た。

「・・・いえ。それで、どうするのですか、あのプリーティアが恥じらいなく湯あみをするからと言って、それを理由に命令を無視することは許されません」

「わかっている。だから困っているのだ」

 この若者はどうやら本気で困っているらしい。

「では、街で女を買ってみればどうでしょうか。一度女を知ればこんなものかと思えるかもしれませんよ」

 わりと本気でアドバイスしたのだが、グライフは真剣な顔で却下した。

「任務中に女を買うなど言語道断だ。私は任務でこの地に派遣されているのだぞ」

 他の隊員はすでに女を買っているものもいます、とは言えなかった。

「・・・困りましたね」

「困った・・・・・・ああ、どうすればいいんだ」

 頭を抱えた残念過ぎる上官に、ロルフは少しもやっとした感情を覚えたのだった。




 落ち葉色の瞳を曇らせたバッカスは、げっそりと元気のない様子で椅子に座っていた。

 西方騎士団の談話室は、以前訪れた百合のためにふかふかのクッションを敷き詰めたソファがあり、最近はバッカスのお気に入りの場所だ。

 常ならば団長室で細々とした雑用に精を出していたところ、最近やってきた王立騎士団なる連中のせいで、団長室への入室を拒否されたのだ。

 王立騎士団と地方の騎士団では役割が違う。機密情報保持のため、部外者はなるべく団長室に入れたくないというのが西方騎士団団長オースティン・ザイルの考えであった。

 表向きは。

 本音は、部外者がうろちょろすると気が散るという理由だ。

 騎士団内において現在最も発言権を持つのはオースティン・ザイルであり、たとえ王立騎士団とはいえ客人扱いとなる。

 つまり、客人を嫌でも引きつれてしまうバッカスも入室できないのだ。

 バッカスはここ数日でかなりのストレスをためていた。

「ねえ副長、いい加減引きこもってもいい?」

「うん? ・・・・バッカスが引きこもったら、君についている騎士たちは全員彼女のものへいくと思うが・・・」

 バッカスには他人にない能力を有している。絶対的なそれは、決して他人から侵略されることのない砦だ。

 しかし今それに入ってしまえば、バッカスに付きまとう騎士たちはもれなく百合に行くだろう。これでは人質をとられているようなものだと彼は思った。その考えはある意味で正しい。なぜなら王都はバッカスの能力もきちんと把握したうえで人数を配分しているのだから。

 そしてそんなバッカスを心配しているのは、西方騎士団に属する全ての騎士たちだった。なるべく彼の心を守ろうと、交代で様子を見守っているのだ。

 逆に言えば、それだけ彼は危うい精神状態でもある。

「バッカス、そろそろ雪合戦から皆が戻って来る。一緒に出迎えようか」

「・・・いい。ぼくが行けば、この人たちもついてくるんでしょ。みんなの迷惑になりたくない」

 そう言いながらバッカスが毎日騎士団を訪れるのは、ここか彼にとって心のよりどころだからだろう。

「そうかい? バッカスが出迎えてくれれば、寒さに震える彼らの心も晴れるだろうが・・・残念だね」

 副団長のフラジールは本当に残念そうに言った。さすがにフラジールにそこまで言われて強情な態度で居続けられるほど、バッカスは大人ではなかった。彼にとってフラジールは父のような存在だったからだ。

「わかった。ぼくも、いく」

 その言葉にホッと息をついたのは、決してフラジールだけではなかった。バッカスの後ろに控える王立騎士の面々も、無意識に息を吐き出していた。




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