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麗しのプリーティア  作者: aー
第四章
135/203

命がけの雪合戦


 かまくらに入ってみたかったのは、冬でも雪がほとんど降らない土地で育ったからだろうか。雪へのあこがれが強いのは自覚していた。

 空から落ちる白い雪に密かに喜んだのは一月ほど前。今ではうんざりした気分になることもあるが、やはり朝一番の外の景色は楽しみだ。

「雪のせいでセスが来れないのは残念だね」

「ええ、寂しいわね」

 元海賊のフェルディ・イグナーツがヴェステンを去ってしばらく、百合たちは雪をどう扱うかで悩んでいた。

 南の街の住人は海があるのでなんとかなっているようだが、海に面していないヴェステンでは雪の処分は死活問題だ。その上、寒さで花々が枯れてしまった。今は残った花を何とかして救わなければならない時で、そんな時百合がかまくらをつくろうと言い出した。

 誰も見たことがないかまくらを、百合はイラストと言葉で説明して強引に作らせた。

 外よりも暖かく、とても美しい物体に人々は心奪われた。

 今ではかまくらの中に花を並べて楽しんでいる人や、実際それを売りにして旅人を楽しませている宿屋もあるほどだ。

 ほかにも雪を固めてオブジェを作ったり、騎士団は訓練をかねて雪合戦をしたりと街をあげて遊んでいる。

 しかし騎士団の雪合戦はある意味で命がけだった。

 なぜなら彼らは通常の装備に加え、三人一チームになり十人からなる一般人のチームと対戦せねばならず、負けたら罰として老人や孤児院の雪かきを数名だけで行わなければならないという地獄が待っている。

 騎士団が勝てば雪かきの人数は増え、一般人が勝てば褒賞として百合が歌を歌った。

「ねえユーリ、この雪合戦って、ニホンでは当たり前なの? 結構えげつないんだね」

 バッカス・メイフィールドは西方騎士団団長オースティン・ザイルより送られたコートの前をしっかり締めていた。

 もこもこのファーがついた黒いコートは暖かく、もとはオースティンが幼少期に使っていたらしい。

「ここのルールがえげつないのよ。最初にきついって教えてあげたのに余裕を見せようとするから命がけになるの」

「騎士は見栄も必要だって団長が言ってたよ」

「この雪の中見栄を張って喜ぶのは立ち往生した旅人と、暇を持て余す街の人でしょう。あんな装備でよく動こうと思ったものだわ」

 百合が言ったように、彼らの装備は非常識だった。コートを纏うこともできず、騎士の恰好のままやっているのだ。手袋は水分を吸って重たそうだし、しもやけ患者が日々悲鳴を上げている。

「それにしても退屈だわ」

「今日もいっぱい降るね」

 二人はのんびりと雪合戦を見物していたが、時折バッカスがちらり、ちらりと後ろを振り返る。

「気にしてはだめよ」

「でも僕、いい加減騎士団のお仕事したいのに、あの人たちのせいでできないんだよ?」

「彼らも仕事で来ているだけなの。気にしちゃだめ。存在ごと無視しなさい」

「僕は普通の人間だからユーリみたいに器用なこと出来ないよ」

 どういう意味だと思いながら百合は顔を後ろに向けた。

 三メートルほど離れた場所に、王立騎士団の鎧を身につけた数名の男たちが立っている。

 皆一様に二人をじっと見ているだけで、この寒さの中震えることもない。

「ほら、オブジェだと思えばいいのよ」

「でもお風呂の中にまで入って来るんだ」

 雪のせいで水浴びできなくなった神殿のものたちは、百合の提案で簡易風呂を作っている。雪の消費に一躍かっているそれは、今では街の住人も真似して温泉もどきを楽しんでいる。

「・・・あなたに興味があるのかもしれないわね」

 そんな意地悪を言えば、バッカスが顔色を失って走り去った。その後を二人の騎士が追う。

「あら、冗談なのに」

 バッカスはその後、絶対の信頼を寄せるオースティン・ザイルのもとに避難した。

「・・・プリーティア、そろそろ中に入りませんと凍えてしまわれます」

 ふと、一人の騎士が言った。良く通るテノールの声は、その持ち主を表すように真直ぐ聞き取りやすい。

「・・・」

 しかし百合は彼の言葉を無視した。先程宣言した通り、存在そのものを無視しているのだ。

 だからこそ彼女は、彼らがどこについてこようとも平常心を崩さない。

 その徹底ぶりは、ヴェステンの騎士たちを震え上がらせるほどだった。

 そもそも彼女は彼らの存在を歓迎していない。

 王や、王都の神殿は彼女やバッカスのせいで異常な雪が降っていると勘違いしている。せいで、というよりも、彼らを大事にしないせいで、神々が怒ったと思い込んでいるのだ。

 この世界に置いて神々の存在は絶対で、また疑う余地もないほど近い存在だ。しかし神々は決して人間にとって都合の良い存在ではない。

 数十年前にも一度、このような大雪にみまわれたことがあった。その時も迷い人が存在した。迷い人は不遇の扱いを受け、この世界そのものを恨んで死んでいった。

 すると世界は迷い人の恨みを受けて各地で異常気象が多発するようになった。それは数年間続き、多くの死者を出したという。

 今となっては本当かどうかも分からない昔話だ。

 しかし神殿は神々ならばそのぐらいするだろうと怯えている。王族もそうだ。その反応こそが、ただの昔話ではないという証拠だった。

「プリーティア様、湯あみの用意が・・ひっ」

 プリースト見習いの青年がそっと近寄ってきたとたん、騎士たちは氷よりも尚冷たい絶対零度の瞳で射抜いた。

「あら、もうそんな時間かしら」

「は、はい・・・あの、プリーティア様」

「何かしら?」

 百合は青年をじっと見た。見つめられた彼は頬をわずかに赤くし、一瞬だけでも騎士達の存在を忘れた。

「この神殿に居る限り、騎士は必要ないのでは・・・ずいぶんと雰囲気のよくないもののようですし」

 おどおどしながらも、わりとハッキリ言いきった青年に百合はふっと笑みを浮かべた。

「王の判断よ、神殿は王族から多額の寄付を頂いているから逆らえないのですって」

「でもここは、神々がおわす地です。王がなんと言おうとも不可侵のはずなのに・・・」

 彼はまだまだ若すぎるようだと、百合はこっそり笑った。

「喉が渇いたわ。湯あみの場にレモン水をもってきて頂戴」

「す、すぐにご用意いたします!」

 青年は何故か興奮したように叫んで走り去っていった。百合もそのあとをしずしずと進む。騎士たちももちろん、ついてきた。

 騎士たちが課されたのは百合とバッカスの護衛兼、見張りだ。

 彼らが世界に呪いをかけないか慎重に見張っているのだ。

 だがそもそも百合は神々に仕えるものの一人であり、バッカスも少年だ。世界を呪うなんて真似はしない。

 それでも彼らは、彼女らを信用しない。するなと厳命されているからだ。そして定期的に彼女らの様子を報告しなければならない。

 しかし、残念ながら報告書にはヴェステンの雪合戦の様子と、かまくらの中で行われる花の品評会の様子と、さらに温泉の話がほとんどだったため、騎士たちはお叱りを受ける覚悟だった。

 だがそんなことは表に出さず、彼らは日々百合とバッカスのあとをついてまわった。



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