暖炉
第四章始まります!
数十年ぶりの豪雪は各地に甚大な被害をもたらした。
年中上半身裸でも過ごせた南では、海水の温度が上がらず漁に出られない民が悲鳴をあげ、空を飛んで移動する東では木々が凍り移動が困難になった。黒い海に面した北では崖が雪に隠され事故が相次いだ。
国は騎士団を派遣して対応に当たったが、いかんせん水分を多く含んだ雪は重く、寒さも重なり体力を奪われる現状では十分な活動が難しい。
食料はなんとか春までもつが、人の心はそうではなかった。
体温を奪われる寒さに心はすさみ、人々から笑顔が消えつつあった。
西の街ヴェステンをのぞいて。
「きいたかい、ゼノさん。ヴェステンには女神さまがいらっしゃるって」
ぱちぱちと爆ぜる音がする。宿場の暖炉の前には立ち往生した旅人たちが暖を求めて集まっていた。
「とっても美しい人なんだって?」
王都から馬車で二日ほどの街は、それ以上先へ進めない彼らが手分けして毎日二度の雪かきを行うが、それでも間に合わないほどだった。
誰もが疲れ切った表情を浮かべる中、ただ一人涼しげな顔で白湯に口をつける男がいた。
浅黒い肌に赤い瞳の男は、ふっと口元を緩めた。
一見気難しそうな彼は、しかし誰よりも率先して雪かきを頑張っていた。いつしか街の人々に認められ、なくてはならない存在になった。
「女神ではなく、プリーティアですよ」
「麗しのプリーティアのことなら、俺たちもきいたよ」
「黒いにいさん、噂のプリーティアにあったことがあるのかい?」
「ええ、以前西で」
へえ! とか、いいな、とか羨んだ視線が飛んできて、ゼノンは更に自慢げだ。
この街でゼノンはゼノと呼ばれている。
「どんだけ美人だ?」
「おったまげるくれぇか?」
誰かが話すたびにどこかの方言が入り、暖炉の前では楽しげな雰囲気だ。
「とても美しい方ですよ。彼女が歌うと誰もが幸せな気持ちになります」
「へええ! いっぺんでいいから見てみてぇもんだ」
「確か、そのプリーティアって奇病を治したんだろ? すげえな」
どこに行っても彼女の事は有名だ。
「どんな人なのかなぁ、会ってみたいなあ」
「にいさんはもう一度会いたいと思う相手かい?」
「ええ、もちろんです」
おおっ、と今度ははやし立てる声が響いた。
「いつかまた必ず、と思っております」
その声はどこか熱を帯びており、一見堅物の異人を人々は興味深く見守った。




