外伝6 ラピスラズリの世界(後編)
「そういえば今朝方、私の所に南方騎士団のエドアルド・ジャコモから文が届きましたよ。ここにプリーティアが来たことを知って心配しているとか」
「何故心配する」
「いやだって。あのプリーティア、南でもなんか色々あったみたいですよ。こっちを心配してるんじゃないですか」
美しいプリーティアは良くも悪くも目立つ。
海賊の件などはコラードたちも聞き及んでいた。
「エドアルド・ジャコモはここの出身だったか」
「・・・まあそうですね。と言っても商家の坊ちゃんだった人なんで、小さい頃からいろんなところに行ってたらしいですけどね」
コラードは休日中の上司のために美味しいお茶を淹れてやる。レオーネは無言でそれを受け取ると、エドアルドの顔を思い出そうとして失敗した。
大人しい男だという印象しかなく、レオーネが東に到着した翌日に、南に出発した男だ。
「なぜエドアルド・ジャコモは南に行った。ここの騎士ではなかったのか」
「・・・あー、えーとですね」
コラードが言い難そうに言葉を濁したが、冷静な視線に折れた。
「なんだ」
「婚約者を不慮の事故で亡くしてから、やつはなんというか・・・・いろいろあってここに居づらくなったようです。心を病んで職務にも手がつかなくて、それで前の団長が暑い土地に行けば嫌でも自力で生きていくようなるだろうと配置換えしたようです。今は元気にやってますよ」
レオーネは「そうか」と小さく返した。
レオーネも以前妻を亡くしている。まだ互いに子どもだった。恋愛ごっこすらできなかった。それでも、今でも亡き妻の笑顔を思い出すことがある。
妻を思い出しやすい場所に居たくなくて、とにかく仕事に励んだ。
時間が解決してくれるという人間もいるが、本当の解決ではないと思う。ただ鈍くなるのだ。苦しみと悲しみと、寂しい気持ちから。
「そうか」
レオーネはもう一度言い、茶を飲み干して立ち上がった。
「邪魔をした」
「え、あ、帰られるんで?」
「ああ」
コラードは、ぽかんと口を開けてレオーネを見送った。
レオーネの妻の件は、東方騎士団の人間なら誰もが知っている。だからこそエドアルドの事を詳しく言いたくなかったのだ。
実はエドアルドは、婚約者を亡くしたあとしばらくして半狂乱になり戦力外通告を受けていた。騎士として東ではやっていけないから南へ送られたのだ。
コラードとエドアルドは同期なので、よしみで文を送ってくれたのだろう。とても綺麗な文で、どちらかといえば女が好みそうなものだった。
今は落ち着いて生きているのだと思うと安心した。
そして、きっとレオーネもなんとなく彼の事情を理解したのだろう。レオーネは妻の事を思い出すとき、とても優しい目をしている。生者に向けられることは絶対にない、穏やかな瞳だ。
いつの日か、彼が本当の意味で妻との時間に終止符をうってくれればと誰もが願っていた。
「レオーネさま!」
騎士団を出たレオーネは、休憩とばかりに近くの公園でぼんやりと噴水を眺めていた(騎士団は出入りも一苦労の場所にある)。
そんな彼に先程の少女が声をかけた。はじめ見た時と違い、今は良い笑顔だ。
「あのね、お母さんがね、レオーネさまにこれをって。またごひいきに!」
それだけ行って少女は走り去る。
まるで嵐のような少女だと思いながら、手渡されたなにかを見た。
小さな白い花が入った飴玉だ。祝いの日などに送られる飴で、食べる事よりも観賞用として好まれていた。
この花は見覚えがある。若き日、妻がかわいいと言った花だ。
香りはほとんどないが、足元一面に咲いた花は幻想的で良かった。ただ一度の思い出。
もう二度とあの花畑を見に行くこともないだろう。たとえ行ったとしても、彼女の居ない場所に感慨などない。
それでも、と思う。
もしも、またあそこに行ったら己はどうするのか。彼女の事を思い出して、どうしてしまうのだろう。
以前ならばそんなことすら考えなかったのに。
レオーネはふっと笑みを浮かべた。
今はまだ時期ではない。花も咲いていないだろう。けれど来年、あの花が咲いたら見に行くのも良いかもしれない。
それは確かにレオーネの中で起こった、小さくて、そしてとても大きな変化だった。
次回より第四章となります。




