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麗しのプリーティア  作者: aー
第三章
129/203

書けない想い


 若き王都のエメランティス神殿長ヨシュカ・ハーンは、白く染まっていく王都を眺めながら美しい女の事を思い出していた。

 彼女に出会ってからろくなことがない。想定の範囲外のことがいっぱいで毎日必死だった。そもそもこの若さで神殿長を任命されるなんて思いもしなかった。

 それでも彼女が己を見る瞳は強く気高く、彼女に見られていると気付いた途端もっと頑張らなければと意気込む。

 この気持ちは危険だ。

 誰か一人を特別扱いなどしてはいけない。

「明日にはあのプリーストが到着します。今回は一人のようですよ」

「ええ、わかっています」

 年配の騎士が淡々と言えば、ヨシュカも静かな声で返した。

 明日、彼の処遇が決まる。再三にわたる召喚を無視し、騎士団に連行されるプリースト。不法入国の事も問いだたされるだろう。

 彼をどうするかはもう決めていた。

 プリーストとしての権利を全て剥奪。二度と神殿に踏み入れないよう、しばらくは見張りもつくだろう。もちろん西には行かせない。

 西には彼女がいるから。

「ただ一人のために人生を捨てた男が、その人生を取り戻した時、人はどうするのでしょうか」

 その呟きは純粋な疑問。返答があるなんて思わなかった。

「さて、この老いぼれは国に一生を捧げた身。この老いぼれをただの老いぼれとするならば、生きる理由はございませぬ」

 生きるということは呼吸することではない。思考があり、意思があり、そして喜びのために動き続けることだ。

 ゼノンと名乗る男は美しい女のそばにあるためだけに俗世を捨てた。

 隣国の騎士。貴族としての恵まれた生活を投げ捨ててでも欲した、ただ一人の女の隣。

 そんな男が明日、ただの人に戻されてしまう。

 通常のプリーストならば死を選ぶほどの絶望だろう。皆神々に全てを捧げており、祈りすら許されない状況に耐えられない。

 しかしゼノンの神は彼女だ。

 プリーストでないゼノンは彼女の隣に立てない。その時彼はどうするのか。

 思考の海に浸るヨシュカを、アロイス・リュディガーが静かに見つめていた。

 長い夜がふけていく。





 不法入国に神域での暴力事件(ゼノンが浚われるさいのことだ)。名を偽っていたことなどを上げられ、本来ならば国外追放、祖国への強制送還というところだった。

 しかし奇病を解決し、海賊討伐を成功させた功績により、プリーストとして除籍処分と、他の信徒への接触禁止処分となった。

 身体一つで神殿から追い出されたゼノンは、もちろん金銭の類を持っていない。

 身にまとうのはプリーストの制服の下に来ていた黒地のシャツとズボンだけ。まさかブーツまで取り上げられるとは思わなかった。

 王都はあまり雪が積もらないと聞いていたが、すでにゼノンの足首まで雪に埋もれている。このままでは凍傷になってしまう。

 さて、どうしたものかと考えていると、一台の馬車が停まった。

 見覚えのある馬車だ。中から老いた家令が降りてきた。

「ご無沙汰しております、ゼノン様。どうぞこちらへ」

 暖かみのある声に、ゼノンは足を向けた。

「新しいお召し物と、お食事をご用意いたしました。それから、これを」

 家令が差し出したのは少し厚みのある封筒。

 受け取ると花の香りがした。中にはエメラルドのついたネックレス。鳥をかたどった金細工が施されており高価な品だとわかる。手紙のようなものも広げてみると、見慣れない字で店の名前と住所が書かれていた。

 そして小さなメッセージカード。白い花柄のカードには何も書かれておらず、ゼノンはジッとそれを見つめる。

「おや、何も書かれていないのですね」

 書かれなかったのではない。書けなかったのだろう。

 ゼノンはそのカードにそっと口づけを落とし、それから視線を上げた。

「ザイル家の家令殿。少しの間世話になります」

「ええ、もちろんです。旦那様たちからもよくよく言われおります。さあ、具のないスープと焼きたてのパンと、美味しいジュースをご用意しておりますよ」

 人の良さそうな笑みを浮かべて頷いた相手に、ゼノンもふっと笑みを浮かべた。

「とりあえず人心地ついたら、彼女を浚いに行ってみましょうか」

 ガタガタとうるさい音を立てて走る馬車は、その中の声が外に漏れることはない。

「おや」

「生きている限り、諦めるのは嫌ですから」

 ゼノンは凶悪な顔で笑った。

「ほほ。若いというのは素晴らしいですな」

 家令は、心得ましたと頷いて笑った。





 その年の冬は大雪の被害が各地で相次ぎ、一月後には国全体を白が覆った。

 珍しい雪に南の人間も当初喜んだが、降り続けるそれに、次第に恐怖を覚えた。そして漁にでることが出来なくなってしばらく。誰かが言った。

 これはきっと、神々の怒りだと。

 その噂は瞬く間に国中を駆け巡り、ついには王都の神殿も重い腰を上げた。



 王都から少し離れた小さな街では、浅黒い肌に赤い瞳の男がせっせと雪かきをしていた。





第三章終わりです。次回は短編を更新します!

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