ハッキリと断られました
ゼノンが帰還した夜、鷹便で王都にも知らせを届けた。
神殿の誰もが帰還を喜び、怪我を案じ、そしてホッとしたように肩の力を抜いた。
ひとりひとりに、丁寧に頭を下げて回ったゼノンは、先程から口数少なくついてくる百合を見やり、そしてまた言葉なく歩き出した。
なかなか懐かなかった小さな動物が、置いて行かないでと心配そうについてくる情景を思い浮かべ、それだけはないなと即座に否定する。
これはあれだ。怒っているが言葉が上手く出てこず、戸惑っているがどうしていいかわからないうちに逃げられても困るし、でも今目の前からいなくなったらこいつはまたどこか遠くへ行くのではという不信感からくる行動だと認識した。だって目が冷ややかだ。
ゼノンは改めて余計なことをした兄に腹を立てた。
さて、王都の神殿長であるヨシュカ・ハーンの命により、ゼノンに対して召喚状が届いたのはその四日後の事であった。
ゼノンから詳しい説明を受けた面々は、あまりの内容に同情を禁じ得ず、今はそっとしておいてほしいという旨を送り返した。
もちろんそんな言葉が通用するような場所ではなく、ここしばらく毎日同じ召喚状が届き続けている。
太陽が少し陰り、わずかな風が頬を撫ぜていく昼下がり。
「しかし居心地が良いですね」
フェルディ一行は相変わらず西の街ヴェステンに留まっており、何やら観光を楽しんでいる。二日前にはガルテリオがすっきりした顔で突如現れ、幸せいっぱいと呟きながらうっとり微笑みを浮かべていたが、誰も突っ込まなかった。彼は今ヴェステンの男たちに声をかけて交友関係を広げている最中である。ただし、健全な。
そんな部下を頭から追い出し、フェルディは遠い目をして時折雲の隙間から顔を出す青空を眺めた。
「元海賊と聞いたが、全然そんなふうには見えないな」
西方騎士団団長、オースティン・ザイルはしげしげとフェルディを眺めた。
彼らは現在ヴェステンでも一、二を争う人気茶屋にて休憩中だ。美男子二人が店先で茶を飲んでいることもあり、遠巻きに獲物を狙う女の視線が激しい。
「ありがとうございます、本当は“元海軍人”というのが正しいのですが・・・色々と事情がありまして海賊をしていました」
「お前が海賊と言われても誰も信じないだろう」
琥珀色の茶は花の香りがして心を落ち着かせてくれる。例え、二メートル先にハイエナのごとき女たちが列をなしていようと、二人は決して余裕を崩さない。
良くも悪くも見られることには慣れていた。
「ええ、まあ・・・南方騎士団の方が色々と目立っていましたので、信じて頂けないことも多々ありましたね。でもそれは過去の話です。今は海賊も辞めてしまいましたから」
「海賊というのは色々決まりごとがあると聞いたが、そんなに簡単にやめられるものか?」
オースティンの、ティーカップを傾ける仕草に数人の女がうっとりと見つめる。
「そうですね。僕たちはもともとが特殊ですし・・・一応海賊を名乗っていただけで、場所によっては義賊と持て囃してくれる方々もいらっしゃいました。海賊にしか入れない島や場所は多く、そこでしか入手できない情報が欲しかったものですから」
フェルディが爽やかな笑みを浮かべると、別の女たちが鼻を抑えて何やら悶絶している。
「意外と大胆だな」
「そうですか?」
「あのプリーティアとは南で出会いったんだったか?」
ちらりと、フェルディの腰に下げられたピストルに目をやった。柔和な表情には似合わない存在感だ。
「はい。植物の調査で来ていたようですが、たった一人崖の上を歩いていたのが心配で声をかけました」
「あのプリーティアならやりかねんな」
「話すたびに印象が変わる、不思議な人です」
「プロポーズするんだって? もう断られたのか?」
いきなりの無粋な質問にも、フェルディは笑って頷いた。
「ええ。昨夜も、その前の晩も。ハッキリと断られました」
その割には楽しげな表情である。オースティンは顎に手をやって考えた。
女に振られたのに楽しそうとはどういうことだろうか。本気ではなかったということか?
「後学のために教えてくれ。俺はまだ誰にもプロポーズをしていないからな。お前はなんて言って告白したんだ?」
その質問に、フェルディはふっと笑った。
「愛している、一緒に旅をしたいと伝えました。これでも海の男ですので、余計な言葉はいらないかなと。相手は聖職者ですから結婚は望みませんが、誰にも渡すつもりはありません」
聞くんじゃなかったと後悔したのは、フェルディの瞳が本気だったからだ。口元には笑みを浮かべているくせに、その眼はまるで獰猛な獣のように光っている。
そこかしこから悲鳴が響いたが聞かなかったことにした。
「・・・一応聞くが、相手はどう言って断ったんだ?」
ふふ、と楽しげな笑みが返って来た。
「それは秘密です。とりあえず今夜も口説くつもりです。僕にはまだまだ時間がありますから」
「・・・・おー、そうか、頑張れ」
「はい、頑張ります」
爽やかな笑顔が今は怖い。厄介な相手に目をつけられた美しい女を、オースティンは珍しく哀れに思ったのだった。




