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麗しのプリーティア  作者: aー
第三章
126/203

ただ一言だった。


 アンドレア・カルロ率いる南方騎士団の面々が港まで迎えに来ていた。

それはひとえにあまり西に駐留していたくなかったからだという理由と、アンドレアの部下たちがゼノンを慕っていること。そしてフェルディの件を気にしてのことだった。

「よう」

 アンドレアはマーレ号から下りてきた男たちを見てにやりと笑った。

「こっちはもうすぐ冬なのにどうして服を着ていないんだ?!」

「そんなことより遅かったな」

 フェルディが思わずといった感じに叫ぶが無視された。

「ご無沙汰しています」

 ゼノンが軽く頭を下げると、アンドレアが満足そうに頷く。

「終わったのか?」

「・・・ええ、ご心配をおかけしました。それで、私のプリーティアはいずこに」

 淡々と言いながら、しかし私の部分を強調する男にフェルディが食って掛かる。

「君のじゃない!」

「うるさいですよ。元海賊」

「君だってもと貴族とは思えないんだけど!?」

「おいおちつけ。紳士をどこに置いてきたお前」

「僕は別に紳士ではない!」

 そんな三人の様子を、まるで死んだ魚のような目でセスが見ているが誰も気付かない。

 フェルディとゼノンは船の中からこんな様子だった。やれ名前を呼び捨てにしただの、元海賊だの、変態だの。いい加減うんざりである。

 ちなみにゼノンの元部下たちは嬉々として船の仕事を覚えている真最中である。時折戦場からひらひら手を振っては仕事に戻っていくのを横目で確認しつつ、セスが口を開いた。

「そんなことよりも、早く帰った方がいいんじゃないか。またユーリが逃亡したらどうする」

「彼女が暴挙に出たのはひとえに私を救うためです。もう暴挙に出ることはないでしょう。我々は見えない糸でつながっておりますゆえ」

 色々吹っ切れたのはゼノンも同じだったようだ。

「ああ、主人と下僕的な?」

「へらない口ですね」

「君に言われる筋合いはない」

 まるで犬がじゃれあっているイメージを浮かべながら、アンドレアはしみじみと呟いた。

「お前ら仲が良かったんだな。ちょっと意外だ」

「良くない!」

 これには同時に反論してしまい、周囲の面々を苦笑させたのであった。


 それから馬車で三日ほど。見慣れた街に戻ったゼノンを待っていたのは、あたたかな人々の笑顔だった。

「ゼノン様、おかえりなさいませ」

「プリースト、御無事で」

「ああ、おかえりなさい。ゼノンさん」

 ひとりひとり、違う花を一輪ずつ持って声をかけてきた。二十人を超えた頃、両手はいっぱいの花を抱えるのがやっとだった。

 おかえりという言葉がこんなにも心に沁みるとは思わなかった。

 ゼノンははじめわずかに笑みを浮かべていたが、誰もが差し伸べるあたたかな言葉と花に、段々と表情をなくしていった。

 物言わぬゼノンを人々は心配そうに見た。

「ゼノン、おかえりー。遅かったね」

 そんな時、ふらりと少年が現れた。バッカス・メイフィールドである。

 騎士見習いの制服を着た彼は、疲れ切った顔で迎えに来たのだ。

「もーほんと、勘弁してよ。ゆーりが我儘言って大変だったんだよ。あとは勝手にしてよね」

 そのいつもと変わらぬ様子に、ゼノンはそっと息を吐き出した。

 いつにない柔らかな笑みに、誰もが驚いて息を飲んだ。

「はい。只今戻りました。皆さま、ありがとうございます。バッカス、彼女のもとへ案内してください」

「こっちだよ。あ、セス、フェルディ! いらっしゃーい」

「やあ、バッカス。世話になるよ」

「よろしく頼む」

 軽い調子で歩き出したバッカスについていく一行を、街の人々は固唾をのんで見守った。三人の騎士が彼らを守るように付き添っている。

「見たかい、ゼノンさん」

「あんなにやさしい顔で笑うなんて・・・」

「笑ってりゃあ良い男なんだね」

 どうやら先程の表情は照れ隠しだと思うと、誰もが嬉しくなった。

 今日は街の大事な人が返って来たので、いたるところでお祭り騒ぎが始まるだろう。花屋の娘は急いで花を調達しに走り、飲み屋のオヤジは一日の売り上げを少し高めに予想してにやりと笑い、宿屋の女将は客に上等なシチューを作るために買い物籠をしっかり握り、子どもたちは訳もわからず嬉しくなって駆け出した。今日だけはちょっとの悪戯も許してもらえる。

 そんな楽しい空気が街を包み込んだ頃、バッカスの後ろを歩いていたゼノンが口を開いた。もう山に差し掛かるので、街の人に会話を聞かれることはない。

「すみませんがバッカス。この花を持ってください。花の匂いで吐きそうです」

「・・・あんた、それ絶対街の人に言わないでよ」

「言いませんよ。これでも我慢しました。もう実家から花臭くてたまらなかったのに、ここに来てもこれなんて最悪です」

「最低だな」

 フェルディが本心を言えばバッカスも頷いた。

「みんなの気持ちなのに」

「気持ちは頂きましたが花は余計でした」

 うう、と口元を抑えるゼノンに、セスが首を傾げた。

「花は慣れているだろう?」

「監禁されていた部屋が花だらけで・・・」

 どうやらトラウマになったようだ。少しだけ哀れに思い彼らは口をつぐんだ。

 しばらく山中を歩くと、少し開けた場所に出た。百合が好んで散歩するその場所には、見慣れない巨大な鳥かご。そこからはとても甘い花の匂いがした。

「う・・・わぁ・・・・」

 フェルディが思わず声を上げ、セスは黙ったままジッと見つめる。そこには幻想的な景色があった。

大きな鳥かごの中では美しい女が椅子に腰かけたまま瞳を閉じている。眠っているのかもしれない、穏やかに上下する胸元にゼノンは知らず息を吐き出した。

たくさんの花が敷き詰められているため、彼女の足元は見えない。しかしわずかに酒瓶のようなものが数本見えた。

 囚われていたのは己なのに、彼女の姿を見た途端無事で良かったと安心する矛盾。大きすぎる存在感に恐怖すら覚える。

「休んでいるの?」

 フェルディがバッカスに問えば、彼はそっと首を横に振った。

「ただふてくされて寝たふりしてるだけ。声をかければ目を開けるよ」

 わかった、と歩き出そうとするフェルディの肩を、力の限り掴んだ。

「あなたはここに」

「いや、やっぱりオウジサマのキスとか必要かなって」

 肩がミシミシと嫌な音を立てているのに、フェルディは涼しげな顔だ。ゼノンは初めてこの男を怖いと思った。

「頭大丈夫ですか。そもそもあれ以上近づけないでしょう。とりあえずここに居て下さい」

 そう言って力の限り横に押しやり足を前に進めた。フェルディがムッとするが邪魔をするつもりはないのか追ってこない。

 すぐ目の前まで来ると、そっと手を伸ばした。竹でできた檻は簡単に折れそうなのに、触れてもびくともしなかった。これが迷い人の作り出した鳥かご。絶対的に安全で、時間すらも凌駕する恐ろしく美しい檻。

 ゼノンはそっと膝をつき、優しい声音で語りかけた。

「只今戻りました」

 大きな声ではない。むしろよく耳を澄まさなければ聞こえないだろう声量だのに、彼の声はなぜか響いた。

 一瞬後、風が強くふく。それでもゼノンは目を閉じず彼女の眼ざめを待った。

 すうっと音がするように滑らかに黒い宝石が彼を見つめた。

「只今戻りました」

 もう一度言えば、口元が僅かに開き、そして閉じた。弓上に形良く上がっていく。

 しばらくゼノンを眺めると、ようやくもう一度口を開いた。

「遅いわ」

 ただ一言だった。



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